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第3章 あやかしじゃないと言われても<4>

 若い警官が銃を構えていた。


 巨大な狼に似た魍獣(もうじゅう)が飛びかかってくる。ジェヴォーダンと呼ばれ、四足の爪は人間など簡単に引き裂く。


 恐怖に駆られるままの発砲は何発にも及ぶが、全身を覆う灰色の毛並みが弾丸を弾き返す。うああ、と思わず叫ぶ若い警官が銃を手にした腕で顔を覆う。防御へなるはずがなくても、本能的に目を逸らしてしまった。


「ファイヤーナックル!」


 聞こえてくる声と共に、魍獣の横っ面が灼熱化した左拳に叩かれた。

 吹っ飛んだジェヴォーダンが犬にも似た苦鳴を挙げ、そのまま逃げていく。


 地面へ着地した天風(てんぷう)は追うより振り返った。


「大丈夫ですか。どこか怪我でも……」


 訊いている途中で、気がついた。

 若い警官の後ろに女の子がいる。リスに似た魍獣を飼っていた娘だ。天風の惨殺ぶりに恐れ慄いていた、あの少女だった。


 自分の存在がさらに恐怖心を煽ってしまう。

 そう考えた天風は急いでこの場を去るべくと背を向けた。追撃も行わなければならない。


「……ありがとう」


 えっ? と天風は再び振り返る。

 若い警官の横まで来ていた少女の態度は予想と違っていた。明らかに感謝を湛えた顔を向けてくる。


 あ、いえ……、と天風は戸惑って、もごもごといった返事だ。 


「この前も助けてくれた。戦闘員のお兄ちゃんとあの子が」


 いえいえこれは仕事……、と生真面目に答えていたら、ふと天風は思い至った。


「あれ、もしかしてキミって、三日前の朝、ジェヴォーダンに襲われてた?」


 こくりとうなずく少女に、しまったと激しく頭を掻きむしる天風だ。

 自分を除いた第七分隊の壊滅とした惨状だけに目がいっていた。事後の確認をしていれば、少女の行動が知れたはずだ。まだ未就学児と思われる幼さが正確な聞き取りを難しくしていたとしても、天風が退けたジェヴォーダンとの関わりを推し計れたかもしれない。


 手落ちだった。

 少女の匂いを覚えた野獣系の魍獣が獲物と定める例は多く見られる。人間の味を知ったパターンと同様で、食らうまで襲撃が止まない可能性は高い。

 何がなんでも倒さなければならなくなった魍獣だった。


 若い警官に少女を送り届けられるよう乗ってきたジープの鍵を渡し、天風は駆けだす。先だって入っていった森林のなかを進む。


 夜中から早朝にかけた前回と違い、今回は真昼間だ。

 明るい陽射しと木陰が交錯するなかを走る天風は、もう一つ浮かんできた点について考えを巡らせていた。


 あの朝、ジェヴォーダンの所在が知れたのは少女の悲鳴だった。

 ずっと希愛(のあ)が挙げた声だと思っていた。が、公園で出会った少女のものではなかったか。確証はないものの、天風の耳はそう捉え始めている。


 見間違えしていたとする疑念がもたげていた。

 やはりジェヴォーダンの鋭い牙を持つ口に咥えられていたのではないか。あの朝の後、森林内に屍体のみならず血痕もなかったとする報告が上がっている。何もなかったとする大きな根拠だ。


 だけど……、やはり天風は見たと思う。確かに凶暴な魍獣の顎の餌食となっていた女の子がいた。

 それが誰かとすれば、考えれば考えるほど希愛(のあ)しかいないような気がする。検査によって人間と診断されたものの、精度が高いものではない。あやかし側も気づかれないよう方策を練るようになって、従来の機器では信憑性が落ちていると聞く。


 もしかして希愛は人間じゃない……。


 ふるふると天風は頭を横に振る。

 あんな可愛い幼児が変化した類いなどと考えられなかった。

 あの晩、小さな手から伝わってくる温もりは嘘ではない。そう、作り物の左手なのに今でも感触は残っている。


 しっかりしろ! と自らを叱責していた天風だから隙があってもおかしくなかった。


 ヒュンッと鞭のようにしなって蔓が襲いかかってくる。

 認識が遅れた天風だが、間一髪のところで避けた。

 だがそれも一本目だけだ。

 次々に空気を裂いて飛んでくる蔓に絡め取られてしまう。

 左右の腕が、脚が、胴体にまで縄のように巻きつかれる。


 天風を宙にまで持ち上げれば、先日街中で暴れたものと同系統の樹木系魍獣が正面にその姿を現した。

 獣系に比べれば攻撃的な性質は強くない。移動が周囲に破壊を招くとする迷惑さが特徴である。思考することもなければ、組みやすい相手であった。


 今回もまた本能のままに蔓を伸ばしているだけ、と天風が考えた

 また一本の蔓が伸びてくる。天風の首に巻きつく。そして締め上げてくる。

 息の根を止める意思を感じた。


 ぐはっ、と苦しみからうめく天風だ。今までにない樹木の魍獣の攻撃に戸惑いが隠せない。このままでは絞殺されてしまう。

 仕方がなかった。


「ファイヤーアーム!」


 いつもより出力を高めるしかない。拳だけでなく腕自体を灼熱化させた。

 左の鉄腕に巻き付いていた蔓が焼けただれ落ちていく。

 灼熱が冷めないうちに絡みついた他の蔦へ左腕を伸ばす。自身に及ぶ火傷は考慮に入れず、拘束する全てを焼き切った。


 地面へ着地すれば、一目散に駆けだす。

 森林から抜けた先には、広場がある。


 天風の鉄腕は冷却を待たなければならない。ならば現在は残る右の鉄脚にかけるしかなかった。


 樹木の魍獣のフィールドと言える森林地域は避けて、動きの取りやすい広々とした空間で迎え撃つ。次はフィニッシュブローとして繰り出さなければならない。相手は巨木であれば、相当の出力を必要とする。一人なだけに、確実に一発で仕留めなければならない。


 全力で駆ける天風は、なんとか薄暗い森のなかを抜けられた。

 やった、と青空の下にある広場へ出た瞬間だ。 


「なんで、いるんだ」


 信じられないとする天風の目は、立ちはだかる別の敵を映す。

 退けたはずの巨大な狼にも似た魍獣が待ち構えていた。


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