第1章 最悪の出会い②
「悪い、待たせた。」
どれくらい待ったのであろうか。時間にしてはそんなにかかっていない気もしたが、考え事をしていたアローラは来客が帰宅する際に鳴ったはずのドアチャイムの鈴の音を気付くこともせず、リムが声をかけるまでただ俯いていた。
「……いえ。先程は失礼致しました。もう帰ります。これ以上ご迷惑をおかけするわけにもいきません。」
「待てよ。まだそんな事を言うのか?そんな格好で帰すわけにはいかない。」
八つ当たりをしたアローラの対応など面倒くさいはずなのに、何故かリムは引き止める。だがアローラだってこれ以上惨めな姿を見せたくないため、引く事はしない。
「でしたら濡れたドレスのまま帰ります。返してください。」
「ダメだ。」
「何故ですか?!」
何故こんなにもリムは今まで出会った人と違うのだろう。ここまで言わなくても大抵はアローラと関わろうとする人などいない。なのにどんなに怒ってもリムは関わろうとするのが不思議で仕方なかった。
「お前自分の顔鏡で見てみろ。」
「不細工なのは知っています!お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません!!」
「そうじゃない!!とにかくその自分を卑下した言い方やめろよ!」
「じゃあどうしたらいいのですか!!!」
口が開けば、何故かお互い出る言葉は喧嘩腰で、どちらかが折れないと収拾がつかない状態となっていた。
「…………とりあえず落ち着け。まずはさっきの言葉は俺が悪かった。お前の気持ちを考えてなかった。」
深いため息と共に先に折れたのはリムであった。
「…………私もつい頭に血が昇ってすみませんでした……。」
「お嬢様でもあんな風に怒るんだな。」
アローラも素直に謝れば、先程激昂したアローラを思い出してなのかリムが楽しそうに笑うため、アローラが再び睨めば、リムは「悪い」と短く謝る。
2人とも少々コミュニケーション能力が足りないみたいだ。
「……でも帰ります。ご迷惑をおかけしました。」
「だから待てって。あんなドレス姿で帰れば、お前がどこかで襲われたと勘違いされるぞ?」
再び帰ろうと立ち上がるアローラを、リムは必死に止めてくれる。
「大丈夫です。私が襲われることはありません!」
「だからその変な自信やめろって。お前はそう思うかもしれないが、お前の親がそんな姿見たら勘違いするぞ?!親はお前のこと大切にしてるんだろ?ならあんな格好で帰れば、何もなかったと言っても信じてくれないだろうな。」
「…………お父様達を悲しませることはこれ以上したくありません。」
「だろ?ならもう少しここにいろ。」
言われるままアローラは再び椅子に腰を下ろせば、リムは満足したような顔をしていた。
「なぁ、さっきの話の続きだけどさ。お前が悪意ある言葉に傷ついているのはよくわかった。軽率な発言をした俺も悪かった。だけどさ、お前の内面を知ろうとしない奴らに何言われたって……そんなのお前を知らない奴らの言葉だろ?知らない奴が好き勝手言ってるでやり過ごすこととか……難しいわけ?」
先程よりもだいぶ言葉を選んでリムは語りかけてくる。その言葉は至って真剣で、決してアローラが出した答えをおちょくるとは考えられない反応であった。
「貴方は……私を見て何も感じないの?」
「どういうことだ?」
「……見たまんまよ。」
「確かに髪は人と少し違うかもしれない。だけどそれでお前を知ったことにはならないからな。別になんとも感じない。それよりも勝手に怒ってくるから、気性の荒い女だとは思うけど。」
「……そう……。あなた変わっているわね。」
髪のことを話す時は真面目なのに、性格を話す時は笑いながら話す。髪を馬鹿にせず、性格のことは冗談で揶揄っているような反応は、これまで経験したことがなく、思わずアローラはそう呟いていた。
「おっ笑ったじゃん。そうそう笑ったほうがいいって。」
どうやらアローラは言葉を溢す際ほんの少しだけ笑っていたらしい。それはあまりにも無意識で、作り笑顔ではなく心からの微笑みであった。こんな感情を持ったのは久しぶりかもしれない。益々リムは今まで出会ったことがない変わった人であった。
「……あなたのさっきの質問……、やり過ごすなんて難しいのよ。だって……私自身が1番、私のことが嫌いだからよ。」
「どういうことだよ?」
先程まで楽しそうにしていたリムは、少しだけ声のトーンを落としてアローラに尋ねる。普段なら絶対話す事はない本心なのに、何故かこの不思議な青年リムには話してもいいと感じていたアローラは、続きを話し出した。
「そのままよ。私はこの髪が大嫌い。好きになったことなんて一度もない。散々好き勝手言われて何も言い返せないこの弱い心だって嫌いだし、俯くことしか自分を守れないことも嫌い。……全てが嫌いだから自信なんてどこにもないの。」
「…………」
「だから貴方が言うようにやり過ごすなんて不可能なの。私には誇れるものが何もないから……」
自分で言っていて虚しくなってくる。だがこれが真実なのだ。綺麗事を並べたって現実が変わる事はない。この身体と付き合っていくしかないのにどうすることもできないのなら、好きになる事なんて不可能なのだ。
「本気でそう思っているのか?」
静かに聞いていたリムは、酷く低い声で問いかけてくる。まるで怒っているかのようなその声色に、理由が何なのかアローラは見当もつかない。
「ええ。だって貴族達は面白おかしく私を話すし、道行く街の人だって私を見れば、好奇の目を向けたり嘲笑う……。そんな環境に何年も置かれてどう自信を持てと言うの?どう好きになればいいのよ?彼らの視線はこの髪よ。私の顔を見る人も目を合わそうとする人もどこにもいないわ。」
「……どこか一つでも自信がある場所は?」
「自信なんて……考えたこともないわ。毎日寝る前にこの髪が美しくなることを祈っても、朝目を覚ませば変わらない髪に落ち込む毎日……。例え顔で好きなところがあったとしても、誰も私を見ないのよ?心が例え美しくても、誰も私と話そうとしない。いいえ……話しかけては来るわ。そう……罰ゲームのように揶揄いにね……。どんなに他を磨いても、心を美しく保とうとしても、私を知ろうとする人がいないのよ。自信を持つことなんて諦めたわ。」
「罰ゲームって?」
「いろいろよ。私の髪を触って『しっかりした髪だー』とか、『髪の量多いね』とか『これ本物?』とかそんな言葉よ。遠くで見てる人達がクスクス見て笑うの。その人はその輪に帰ると、いかに私の髪が凄いか面白おかしく話すのよ。それが一種の夜会やパーティーの風物詩なの。」
これ以上にももっと酷い事は沢山ある。雨の日は髪が膨らむことを知っているため、わざと髪に少量の水をかけ乾いた髪が膨らむのを楽しむ、髪をわざと抜いてその縮れ具合を観察して面白おかしく笑われるなどそれ以外にも沢山ある。
リムに話したのはそのほんの僅か。まだマシな方であった。
「……それを何年も1人で耐えたのか?」
「友人がいたらもちろん助けてくれるわ。だけど友人は少ないし、友人がいない会場だってもちろんある。わざと友人だけ声をかけず私だけ参加させられることだってあるわ。友人がいたって、その隙に仕掛けてくることも……。だからそうね……結構な割合で1人かもね。」
アローラはそう言うと笑ったが目は完全に光を失っており、いかに辛い経験をしているのかが伝わって来た。
「これでわかったでしょ?私は自信を持つなんてできないのよ。」
「…………」
「……なんで初対面の貴方にこんな話したのかしら……。助けてくれた人なのに嫌な話を聞かせてごめんなさい。本当にそろそろ帰るわ。ありがとう。この濡れたローブは必ず洗ってお返しするわ。とりあえずドレスを返してくれるかしら?」
このままここにいてはもっと心に閉じ込めていた感情を吐き出してしまいそうになる。話せば楽になるなんて嘘だ。話せば話すほど自分が惨めに感じてくる。もうこれ以上この場にいたくなかった。
アローラは立ち上がるとドレスを探しに、先程通った部屋へ移動しようとドアノブに手をかける。
だがその手をリムは掴むと、何故か手を掴んだままリムが扉を開き、アローラの手を引いて別の部屋へ引っ張っていくのであった。
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