第九話 カルミナーク
「ヴェルナッツ陛下、ただいま戻りました」
戦地から帰還した彼は主への報告のため、王のいる玉座の前に跪く。
その部屋は、見渡す限りが眩いまでの金に彩られ、勇ましい程の鮮烈な深紅が床一面を満たしている。
この装飾を豪華絢爛と評する者もいるだろう。だが、彼の目にはそうは映らない。
なぜなら目の前の人物が浮かべる表情は、どれを採っても純白とはかけ離れた醜悪な様相をしており、虚栄に塗れた、薄い黄金にしか見えなかったからだ。
「アレスよ。貴様、与えた騎士の半分も失って帰ってきたと聞いたが、それは本当か?」
アレスは僅かに沈黙する。
それは動揺からではない。
言葉を選ぶべきかを決めるほんの一瞬の間だった。
「……はい。事実です」
玉座の間の空気が一気に凍りついた。
次の瞬間、ヴェルナッツの顔が歪む。
「貴様ッ……!」
怒声が響き渡り、王は玉座の肘掛けを強く叩きつけた。
そして持っていたワイングラスをアレス目掛けて投げ捨てる。
「ふぅ……まぁ良い。それだけの被害を出したのだ。もちろん、敵の首は討ち取ったのであろうな」
「いえ、敵との戦闘は不利と判断し、撤退してまいりました」
アレスは今度、なんの躊躇いもなく淡々と事実を述べる。
その態度を見て王の怒りは更にました。
「なんだとッ!貴様、軍隊長という位を持ちながら、敵から逃げ帰ってきたというのか!誇り高き我が騎士を半数も死なせておいてなんだその態度は!言い訳の一つもないのか!」
怒り狂う王を前にしても、アレスはただ静かに頭を垂れたままだった。
「言い訳などはございません。敵がそれだけ強かったというだけのこと」
その言葉に、玉座の間にいた廷臣たちがざわめく。
だが、アレスの胸中はひどく冷めていた。
思い出されるは一人の少年のこと。
若くして自分に一撃を入れた実力。
何度倒れようとも立ち上がる忍耐。
結果的に勝敗はつかないまま終わってしまったが、今一度戦いたいと願う気持ちだけが静かに燃えている。
「……まぁ良い。敵はそれだけの戦力を備えて現れたということだな?ではこちらもそれ相応の戦力をもって迎え撃とう。所詮相手はブライトーチ、どれだけ足掻こうと限界は見えておる。
それに、やつらは我が考案した兵糧攻めで苦しんでおる。瀕死の兵士を何人集めようと、我の戦力には遠く及ぶまい。敵の数は何人だ。お前を止める程のやつは一体何者だ」
「我々が襲撃を受けた人数は3人。そのうち1人は顔が確認できませんでしたが、もう2人は鮮明に記憶しておりますゆえ、直ちに絵を描かせ、指名手配しようと考えております…」
「待て…」
「はっ」
「たった3人だと?3人ごときに負けたというのか?」
「負けてはございません。戦況が不利になると判断したため、撤退したまでです」
「誇り高き我が国にとって、撤退は負けたも同然だ!なんのために貴様を向かわせたと思ってる!どんな敵が来ようとも、ひとりで戦況を変えれば良いではないか。騎士などいくらでも用意できる。たとえお前1人が残ろうと、お前が勝てば問題なかろう。これは貴様の失態だと理解しろアレス。恥を知れ!」
戦地に立ったこともないこの王は、自分を守る騎士の命など代替が利く道具としか思っていない。騎士の背負う決死の覚悟をまるで感じちゃいないのだ。
アレスは、最後までこの王に忠義を持って戦いに挑んだ戦士たちに敬意と哀れみの心を抱く。戦況を1人で変えろというのも、簡単に言ってくれる。
1人で戦況が変わるほど、戦争は甘くはないのだ。
だが……やつはやってのけた。ブライトーチの最大戦力
「オルツナードが攻めてきました。やつが出てきたとなると、こちらも半端な戦力では太刀打ちできません。この都市にやってくるのも時間の問題かと。おそらく戦力を整えて来るでしょう。全戦力を持って潰すのが得策と存じます」
と、アレスが王に提案する。
すると、今までずっと静寂を保っていた王の隣に立つ1人の騎士が嘲るように口を開いた。
「防衛騎士団序列3位軍隊長アレスよ。オルツナードが攻めてきた?だからどうしたというのだ。あんな老兵、驚異ではない。お前、負け犬の分際で、何を平気な顔をして陛下に進言している。身の程を弁えたまえ!」
そう偉そうに口を出すのは、騎士団序列2位の軍隊長ヴォルグ。彼は普段、王直属の護衛を任されている。
アレスは彼の実力をこの目で見たことは無い。
そのため、序列が表す数字が真実とは言いきれないが、少なくとも、王の側近を任されている程だ、弱くはないのだろう。
そんな彼の嘲笑混じりの叱責をアレスは静かに受け流す。
「まぁ良い。ヴォルグよ、人は失敗をする生き物だ。我は寛大な王である。今回の件は水に流そう。」
「なんと!なんとお優しき心!こんな出来損ないの不肖な騎士をお許しになるとは、このヴォルグ、王の寛大さには頭が上がらない一方でございます!」
「そうであろう。そうであろう。我の寛大さは世界一である!」
大きな笑い声が高々と鳴る。
アレスは2人の茶番をまるで聞こえていないかのように、進言を続けた。
「王よ、敵の隠密による内部への侵入を防ぐことを目的に、城門警備を強化したいのですが、よろしいでしょうか?」
「……良かろう。だが、軍の全権はヴォルグに任す。良いな?」
「…承知しました」
アレスは静かに頭を下げた。
───時は進み、アイデル達はカルミナーク城門の近くまでたどり着いた。
「あれが」
「そうだ」
「ヴェルナッツ・グランカルミナーク王の住む都市。王都リスヴェルです」
目の前に見えるのは、城壁によって周囲を囲まれた城塞都市リスヴェル。
王が絶対的な権力を持ち、暴力で民を支配するカルミナーク王国の王都だ。
しかしどこか様子がおかしいことに気づくオルツナード。
「妙ですね。城門前に人が集まっています」
「行ってみるか?」
「いえ。先程戦った敵軍が帰還していることを考えると、むやみに近寄るのは危険かと思われます。おそらく、私とアイデル君は顔が割れている。そして3人ということも報告されているでしょう」
「なら、俺1人で見てくるよ。俺の顔は知らないはずだ」
「しかし…」
「こんくらい大丈夫だ。オルツナード、少しは役に立たせてくれ」
「承知しました」
「捕まりそうになったら、逃げてこいよ」
「わかったよ、その時は頼りにしてるぞ。アイデル」
そう言って城門前の人集りまで来たエステル。
そこでは数人の警備兵が顔の書かれた紙を持って、何かを説明している。
「…どうかご協力お願いします。ただいま指名手配中の3人組がこの辺りに潜んでいる可能性があります。そのため、城門の入国審査を厳しくしております。どうか入国の際、顔と荷物の確認させて頂きたい。ご協力お願いします」
やはり、俺たちのことだったか。
ここにいる警備兵に加え、城門上でも弓を持った者たちが常に矢を片手に構えている。
これは正面突破は厳しそうだな。
たとえこの場の騎士を倒したとしても、どこで他の騎士が見張ってるかわからない。
1人でも逃したら、すぐに国中に伝達されるだろう。
ここは2人の所へ戻って、また作戦を考える必要があるな。
「離して!」
「大人しくしろ!貴様、何度入ってきたら気が済むんだ!」
その声の先には、城壁の中で、3人の騎士に取り押さえられている1人の少女がいた。
手には鎖が繋がれており、服はとても普通とは言えない貧相なものを着ていた。
顔には殴られたかのような痣があり、髪はちりちりに乱れている。
「離せって言ってんだろ!離せよ!」
「いい加減にしろ!」
すると取り押さえていた1人の男がその少女の顔を目掛けて殴りつけた。
少女は気を失って倒れ付した。
殴られた衝撃で頭を打ったのか、頭部から血が流れている。
しかし、騎士達は気にすることなく、鎖を持って引きづっていく。
「…奴隷か」
気を失っているはずの彼女の顔は、どこか寂しく、悔しさを堪えきれずにいるような気がした。
エステルは、少女の持つ赤い髪を目に焼き付け、その場を去った。




