第八話 左手の誓い
戦いが終わり、辺りは光る星々を除いて、静寂とともに暗闇に包まれていた。
取り残された大地には、50にも及ぶ敵国の騎士達が、折り重なるようにして倒れている。
「それにしても……」
「すごいですね……オルツナードさん」
「加減はしないさ、我が国に仇なす者達。それを打ち破るのが、私の務めだ」
目の前に広がる戦いの後を見て、3人は続けてそう述べた。
「……オルツナード、そしてアイデル。改めて礼を言う。ありがとう。これで関門をひとつ、突破できた」
「何をおっしゃいますか、エステル王。わたくしの使命はあなたの望みを叶えることにあります。アイデル君は別として、私になど気を遣う必要は無いのです。どうぞこれからも、何なりとご命令下さい。必ず、あなたの役に立ってみせます」
「俺にだって、礼を言う必要なんてない。俺がしたくてやったことだ。それに俺は、敵の将を倒せなかった。これから向かうカルミナーク本拠地では今度こそ、アレスを倒してみせる」
そう言うと2人とも驚いた顔でこちらを見る。
俺はなにかおかしなことでも言ったのか?
アレスを倒すっていうのは言い過ぎだったか?
と、疑問に思っていると
「お前、中枢にも付いてきてくれるのか?」
「アイデル君、君がいくら強いとは言え、この先はあまりに危険すぎる。お言葉は嬉しいですが……」
「え?ここまで来たんだ。このまま最後まで付いていくつもりだったけど……ダメか?」
「お前の気持ちは嬉しいが、オルツナードの言う通り、この先は今の戦いとは比べ物にならないくらい危険を伴う。言葉は悪いが、部外者のお前を巻き込むわけにはいかない。それにこの作戦で決めていたのはこの駐屯地を落とすまで、アイデルに手伝ってもらうのも、本来ならおかしなことだった……」
「それは…すみません。私の身勝手な判断により、アイデル君を巻き込む形になってしまって……」
なるほど…2人の言い分は理解した。
たしかに
部外者である俺が、エステルの国の成り行きにここまで干渉するのはおかしなことかもしれない。
今回の戦いは、オルツナードさんが俺に、上手く役割を与えてくれたから生きていられた。
この先の戦いが、想像を絶する危険なのは、火を見るより明らかだ……
けど、
王を探してやっとの思いで抜けた森の先。
わけも分からず襲いかかってきた2人の騎士。
見える限り一面を覆うトキグサの壁。
痛みを超えた先に聞こえたか弱くも勇敢な少女の声。
街を漂う笑顔の裏に隠された希望を捨てた重たい空気。
そして、ただひたすらに、国を救う方法を考える、若くして孤独にも、王の重責を一身に背負う一人の少年。
期間にしては短くも、俺にとって大きな意味を成すたくさんの経験。
この見てきた軌跡を俺は、ここで捨てたくない。だから、
「エステル…俺は、この先も一緒に進みたい」
「だからそれは…」
言い返される前に続けて述べる。
「危険なのは知っている。俺が介入するべきでないことも理解できる。でも俺は、エステルの行く先が見てみたい。…あれほどまでに追い詰められた王国がまだ希望を捨てない一人の王様の力で、どんな未来を描くのか、この目で見てみたい」
真剣な顔で、しかしどこか期待と自信を孕んだ真っ直ぐな瞳でエステルを見るアイデル。
「アイデルお前…俺が諦めの悪い馬鹿な王だとでも言いたいのか?」
半笑いで目を細めた表情をしたエステル。
「そこまでは言ってないだろ」
「冗談だよ…お前の気持ちは理解した。でも、その上でお前の申し出は断る。その理由は単純に、お前を巻き込みたくないからだ。お前は俺より遥かに強い。自身もあり、真っ直ぐなその心は尊敬する。これは、王としての俺の願いと言うよりは、友達として、これを願う」
「…エステル王。アイデル君、私は、私個人としては、君の気持ちはありがたく、今すぐにでもその差し伸べてくれた手を掴みたい。ここまで連れてきておいて申し訳ないのだが、私は王の一配下に過ぎない。エステル様の決断には賛成する他ない…」
厳しいか…正直伝えきれていない気持ちも多いが、これ以上の口説き文句は思いつかないし…
アイデルの開いた口は、ゆっくりと上下に閉じていき、やがて噤む。
それを見たオルツナードは、何か思い出したようにエステルに申し出る。
「しかしエステル王」
「…なんだ」
「この先、カルミナークを落とすとなると、私だけの戦力では厳しいものがあります。たった2人の人間が立ち向かって倒せるほど、国という組織は小さくは無い…となると、味方になってくれる戦力はあればあるほど勝てる可能性も上がる。大国ではないにしろ、敵の戦力は未だ未知数。ここでアイデル君の手を取らないのは勝利を望む者として、いささか疑問が残ります。
それに何より…彼は敵将アレスと戦っております。今の私達にとって、敵の最大戦力のひとりを知っている者は非常に貴重。
どうでしょう、彼を臨時的にあなたに仕える騎士のひとりとして共に行動してもらうのは」
「オルツナード…お前、本気で言ってるのか?」
目を見開いて、首を傾げながらオルツナードに問う。
「あなたに嘘などつきませぬ」
エステルは長い沈黙の末
「はぁ…たしかに、オルツナードの言う通りだ。我々には戦力が足りない。アイデル程の実力者なら敵にそうそう負けやしないだろう……アイデル……お前は言ったな、俺の行く末が見たいと」
「うん」
エステルは短い沈黙の後
「そうか…わかった。お前がそれを望むなら、いや、俺からお前に頼みたい。どうか俺と一緒にブライトーチを救ってくれ。この先がどんなに過酷な道でも、お前を後悔させない道をゆくとここで誓おう。どうかこの弱く、諦めの悪い王の手を取って欲しい」
そう言うとエステルは静かに左手を差し伸ばす。
伸ばされた手は震えてはいない。だが、その奥にある彼の不安や葛藤が俺には見えていた。
俺は力強くその手を握り返す。
「俺の方こそ、後悔はさせない。お前の敵は俺が打ち倒そう」
するとエステルは笑みを浮かべながらこう返す。
「くれぐれも無茶はするなよ」
「それとオルツナードさん、ありがとう。無理を聞いてくれて」
「決断したのはエステル王だ。私は何もしていない」
「でもこの頑固な王を説得してくれたのは事実だ」
「我々には君が必要だ。だったら最善を尽くすのは当然のことだよ」
「頑固とは余計だぞアイデル」
「事実だ」
「お前の方こそ、こっちは心配してやってるのに、強情なやつだ」
「そんなことは無い」
2人の様子を温かい目で見つめるオルツナード。
王エステルを長い間そばで支えてきた彼の心の内は、ずっと孤独だった王の重りを解き放ってくれた少年への感謝と、たった今、本当の意味でひとりでは無くなった主への静かな安堵に満ちていた。
──先王よ。
あなたの御子は、もうひとりではございません。
誰にも聞こえぬ声で今は亡き前主へそう呟く。
そして再び前を向く。
守るべきものが増えたな。
ただ目の前の若き灯火を自分の持てる限りを尽くして守らなくてはいけないと、オルツナードの純真なる正義に刻まれた。
「2人とも…いえ、エステル王、アイデル君次なる目標はカルミナーク総本山。予め作戦を決めておきましょう。未だ情報は不足していますが、敵もまたこちらの動きを掴みきれてはいない。今が攻め時でございます」
「そうだな、作戦は決めておこう。ただ、そうだな、攻め時…か。オルツナード、敵はおそらく我が国の民達を人質に取っている。殺されてはいないはずだ。だが、あの国の王なら、最悪奴隷のような扱いをしているかもしれない。だから一刻も早く彼らを救いたい」
「エステル王、お気持ちはわかりますが、連れ去られた民達を救うのは、戦いが終わってからの方がよろしいかと。守るものが多いとこちらは余計不利になります」
「戦いが終わってからでは遅いのだ…もし、俺たちが戦いに負けてしまったらどうする。
彼らは救われることなく、一生自由のない地獄のような人生を歩むのだぞ……
分かってはいる。分かってはいるが…」
恐らく、エステルは国の民を救うことに重きを置いている。だが、オルツナードさんはカルミナークを倒すことまでが目的となっているんだ。
民を第一に考える優しき王か、国に仇なす敵を倒す断罪の騎士か…
ただどちらにせよ答えは同じ
「救おうよ」
その言葉は、思ったよりも静かに落ちた。
「アイデル…」
「オルツナードさんの言うように、守るものが多いと戦いにおいては不利になる。じゃあ一緒に戦ってもらうのはどう?長い間カルミナークに酷い扱いを受けていたのなら、その人達もきっと反感の意思があるんじゃないの?」
「民達に戦いを強いるのは同意できないが、もしかするとあの暴君とも言える王に対し、反旗を翻す意思のある者たちはいるかもしれない。しかし、それを当てにするのは少々賭けとも言えますが、いい考えですね」
アイデルの作戦聞いてエステルの目の迷いが消えた。
なにか覚悟を決めた表情で、
「それで行こう。可能性があるのなら、それに賭けたい」
「承知しました」
「うん」
歩むべき道が決まり、3人の視線は一直線に敵国の方角へと移る。
それぞれに抱く思いの違いはあれど、成すべきことはたった今決定した。
ブライトーチの民を救い出し、敵国カルミナークを打ち落とす。
大地を覆う夜の帳は開けていき、ゆっくりと光が世界を包み込む
夜が明けた。
3人は静かに、されど確かな覚悟を持って歩き出す。




