第六話 未完成の1歩①-エステル-
国の王様が密かに外出しようとしていることが知られれば、城の兵士達や国民に何を企んでいるのかと疑われる。
そのため、エステルは周りにバレないように変装の準備をしていた。
しかし、俺はひとつ疑問に思ったことがある。
「なぁ、オルツナードさん」
「なんだい」
「これを聞くのは少し野暮なのかもしれないけど、なんでエステルまで行く必要があるんだ?
俺とオルツナードさんでやれば済むことなんじゃないか?
わざわざ、国の代表までこんな危ないことをやらなくても……」
「たしかに、君の言う通りだと、私も思う。だが……エステル王は国民から失われた希望の光を自らの手で取り戻したいのだと思う。そして、長い間何も動かなかったこの戦況を変えるチャンスを、逃したくないのだろう」
「でも、危険じゃないか?」
「だから私がいる。
もし、君と二人でこの作戦を実行しようとしていたのなら、私は迷うことなく止めただろう。
だが、王は私を頼ってくれた。
あの場で嘘をつかずに正直に述べてくれた王の思惑に私は応えたい。
大丈夫さ、王のことは必ず私が守る。君は自分の身を案じていればいい」
心配ないと、この場で言える人はこの人くらいだろう。それだけの実力…は、確かにある。
正直俺だけでは、エステルを守り切れるか怪しかった。この人が一緒にいてくれれば安心かな。
「2人とも!こんなんでどうだ?俺とはバレなかろう?」
どうやら変装の用意ができたらしい。
エステルが物の散乱した奥の方から姿を表した。
「かなりいいんじゃないか」
「はい、それならバレないかと思います」
エステルは丈の長いローブに白色のマフラー
をして、一見では誰だかわからないような服装になっていた。手には……
「ん?おい…それはなんだ?」
「…」
「エステル王……いくらなんでも王冠を持っていってはバレてしまいますよ。いや、その姿だと盗賊と勘違いされる可能性もあります。やめておいた方が良いと思われます」
オウカンっていうのはなんだ?
てっきり派手なアクセサリーかと思ったが、そうでもないのか?
「でもな…」
「すまない、オウカンってなんだ?この輪っかみたいなのはそんな貴重なものなのか?」
「アイデル君、王冠を知らないのかい?これは王の位についた者のみが頭の上に身につけることができるいわば、王の象徴。そして我が国では唯一の国宝でもある」
「王の象徴…国宝…そんな大切なものなんで持っていくんだ?今から敵地に乗り込むんだぜ?危ないだろ」
「わかっている…でも、だからこそ、この王冠は持っていかなければいけないんだ」
「……エステル王、まさか王冠を敵国に献上する気ではございませんか?!」
「バカを言うな!そんなことするわけないだろ。俺はただ、この国の王として、カルミナークの王に言いたいことがある。そのためには、俺の顔を見てもこの国の王とはわからないあの連中に……証明するために…」
右手に握った王冠を強く握りしめ、震えた口から述べられたエステルの言葉には、確かな怒りと並々ならぬ背景があるのだと伝わってきた。
同じものを感じとったのかオルツナードは、
「っは、大変な無礼を失礼しました!どうかお許しください」
「よい、だがわかってくれ、この王冠は持っていかなくてはならぬことを」
「承知…しました。ですがどうか国民に見つかることのないよう、そのローブの内に隠しておいてください」
「わかったよ」
「ところでオルツナードさん、あなたはどうやって行くんだ?あなたも騎士団長ならみんなに顔が知れてるんじゃないのか?」
「私は、近辺の巡回に行くと言い、そのままタルパ村まで、先に向かっておきます。エステル王、アイデル君どうか2人で、バレずにタルパ村まで来てください」
「了解です」
「もちろんだ」
そう言うとオルツナードはすぐに窓から飛び去り、あっという間に城を降りて見えないところまで行ってしまった。
「俺たちはどうする?窓から飛び降りるか?」
「バカを言うな!そんなの無理に…いやそうしよう。城内では俺とバレるリスクが高すぎる」
「よし。じゃあ行くか」
「おう」
と、ここで、城を支える巨大な岩の絶壁のことを思い出したアイデルは、
「そうだ、エステル、なにか頑丈で長い棒みたいなものってないか?」
「なんだ急に、武器にでも使うのか?」
「いや、ちょっと使えそうでさ…」
「何にだ?そんな頑丈で長い棒状のものなど……」
「あのてっぺんにある棒はダメか?」
「てっぺん?って、あれは本来、我が国ブライトーチ王国の国旗を掲げるための栄光ある旗竿……まぁ今となっては国旗は剥奪されてしまったが……」
「剥奪?どうして?」
「お前は、本当に何も知らないんだな。それは後に話してやる。あれを使いたいなら好きにしろ。掲げる旗のない旗竿など王のいない冠と同じだ」
「ありがとう」
そして2人は城壁を下り、登るのに苦労した断崖絶壁の前に立つ。
「おい、アイデル、ここを飛び降りる気ではあるまいな?」
「大丈夫だ、エステル。そのためのこの棒さ」
「ここは俺が昔、城を飛び出し、街を散策するために使っていたロッククライミングコースではあるが…今の俺は運動もろくにしてない上に外に出たのだって久しぶりだ。ましてやお前、ここを飛び降りるなど自殺するようなものだぞ」
「なんだ、この岩肌にあった妙なでっぱりはお前が削ったものだったのか」
「その通りだ。どうやらお前もこのコースに挑戦して登りきったようだな。やるじゃないか」
「なぁに、簡単だったよ」
「よし、それじゃあ大人しく、城門前の階段を使おう。ここは危険すぎるっ!?」
「行くぞエステル!」
「おい!待て待て、死ぬ、確実に!」
アイデルはエステルの腰に手をまわし、絶壁の下へと思いっきり飛び込んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
「いける!任せろ」
アイデルは棒を地面に突き刺し、衝撃を腕から吸収するようにして見事に着地した。
「な、いけただろ?」
「……奇跡だ」
そうして何も無かったように歩き出すアイデル。
城を出て、背後に見える王城の灯りが、やけに遠く感じられた。
エステルは呼吸を整え、一度だけ振り返り、何も言わずに歩き出した。




