始まりの人生
世界にはたくさんの物語がある。
生きとし生ける者達の一生が、ひとつの壮大な物語として存在する。
知性の優れた人間は世の中にあるたくさんの事象と直面し、様々な他人と出会い、感じて、変わっていく。
何を思うかはその人が決める。
一人一人の違った感性や主観などを年齢とともに深めていく。
これが人間の成長だ。
さて
僕はひとつ思うのだが、なにかに囚われて生きる人生に価値はあるのだろうか。
自分を守るために、自分の中にある気持ちを抑えて物事に流されるように生きていくことに意味はあるのだろうか。
これはとてももったいないことだろう。
たった一度の人生。最後には笑って「いい人生だった」と言えるような
そんなハッピーエンドで終わりたいじゃないか。
誰もが夢に描く理想の姿。
だが、そんな理想にたどり着ける人間は極わずかだろう。誰もが挫折し、落胆する。
理想と現実のあまりの差に嫌気がさして逃げてしまう人が多い。
そんな中、理想を現実にすることに本気を出して挑戦する。
これが努力するということだ。
これがいかに難しいことか。
もちろん、理想にしろ、努力にしろ、目標の難易度や成長の実感には違いが生まれる。
つまりは、全て自分次第なのだ。
自分の歩んできた過程とその先の未来。
進むべき道は自分で決める。
選択肢を広げるために過程があり、未来ができる。
そしてこれは未だ完成されてない、白紙を行く少年と多大な責任を背負った運命の少年が描くただ一つの物語。
「はぁはぁ やっと森をぬけた」
巨大とは聞いていたけど、まさか抜けるのにこんなに時間がかかるとは思わなかった。
森に入ってからどのくらい経ったんだろう?
中は基本的に薄暗いせいで、時間も分からなければ、地形の凸凹を認識することすら大変だった。
開けた土地で見る泥と血で汚れてしまっている服は、日常的とは言えないグロテスクなものになっていることに気づく。
生きるのに必死で気づかなかったが、汗で染み付いたものとは思えない生き物の腐ったような酷い匂いが周りを漂っている。これが自分の臭いだと思うと気分が悪い。
靴はいつから履いてないのか、下の服はかろうじて生きている。
「久しぶりに見る光は違うな」
午前10時頃だろうか、朗らかな空が広大な大地を覆っている。視界の端には整えられた道があり、辺りは低い草木が生え並ぶ平野のような地形が広がっていた。
「暖かい」
人間に管理された綺麗な場所だ。
自然な形も好きだったけど、便利な世界も悪くない。
しばらく外の世界を堪能し、我に戻る。
まずは人を探そう、住む場所が必要だ。
あそこの道に沿っていけば、王様に会えるのかな?
国を統べる偉大な王、その者の住まう家は城と呼ばれる巨大な建物で、多くの民を平和へと導く国の代表と聞いた。
この世界には大きな4つの大陸に別れているらしい。
大陸によっては不法入国は極刑になるって噂だし…
ここがどこの国の領土なのか知らないけど、早く王の住む街に向かった方が良いだろう。
森の中は無法地帯だったから、細かいことなんて気にせずに生きていけた。
でも、国には国のルールがあるそうだ。国籍がない自分には、身元を証明するすべが無いし、このままだと、どこに行っても追い返されちゃう可能性がある。
最悪牢獄か…
出来れば小さくてあまり栄えてない国がありがたいけど…
星の数ほどあると言われる国の中からそんな都合のいい国なんか見つけられるのか?
「お、なんか見えてきたな」
四角い小屋が1軒と池がある。
何かの中継所か?
国を警備している人とかの駐屯地だったらどうしよう…
でも、人に会えるかもしれないし…行ってみるか。
端に見えた道に沿って中継所と思われる小屋の近くまで来た。
歩いてきた道は、馬車1台が通り余るような幅で、地面も固すぎず足に優しい土の道へと舗装されていた。荒い面も少なく、とても丁寧な道だ。
ここの国王はきっと、優しくて民思いな偉大な王なんだろうな。
あってもいない王様の姿を勝手に想像し、心温まる少年。
「ん?何かいる、人か?」
小屋の横には緑色のテントが2つある。
日除けシェードのようなものの下に2人の男が椅子に腰掛け、話し合っている。
鎧らしきものは着ているが、あまり守られてはいなさそうだ。1人は太っているけどガタイがいい、もう1人の男はその逆で、ほっそりとした体つきをしている。
「この国の衛兵なのか?」
池の大きさも家4つ分くらいの小さなものだ。
中継所にしては小さいし、兵士のたまり場としても人が少ない。
ここはなんの場所なんだ。
2人だし、なんとかなるか…
声をかけてみよう。
っ?誰か来た。
「よう、整備終わったのか?」
「ああ、さっき終わったとこっす。思いのほか早く終わったんで、計画のことを話し合ってたとこですよ。」
「そうか、計画は明後日の夜、準備も大方終わった。今日はもう上がっていいぞ」
「うっす。じゃあ先に失礼します」
「ああ」
そう言って男は小屋に入っていった。
なんの会話だったんだ。
さっきのやつはあの2人よりも偉そうだったし、上下関係があるのか?
ここは何かの計画を遂行するための待機所だったのか。
でも、僕には関係の無い話だ。近くに他の人が居そうでもないし、一旦話をしてみよう。
そうして、なんの疑いもなく2人の男の元へ歩み出す少年。
「ねぇ、君たちは王の居場所を知ってるか?」
知りたいことだけを述べ、他のことは全て省いた率直な質問。たった今、初めて会ったこの少年に当然相手は、こう返す。
「ああん?お前誰だよ。汚ぇ格好して近づいてんじゃねぇ。気持ちわりぃ」
「こわ」
人ってこんなに、口が悪いものなのか?
それとも、僕の態度が悪かったのか…
「わ、悪かったよ、ものを頼むには礼儀が必要だったね。僕の名前はアイデル、訳あって王様に会いたいんだ、君たちはどこに行けば王様に会えるか知っているかい?」
「王様に会うだぁ?お前みたいなみすぼらしいやつが王に会えるわけないだろ」
「王様は綺麗好きなのだな」
「お前が汚すぎるだけだ。あと、お前どこの国のもんだ、黒に紫が混じったような髪。ここじゃ見ない髪色だな」
あまり出生については話したくないんだよなぁ。
ここは上手く流そう。
「遠くからだよ」
「っへ、まぁいい、悪いがこの場所を知られた時点でお前の質問に答える気は無いし、ここから返す気も無い。大人しく死んでくれ」
そう言って男はテントの中に入っていき、すぐに出てきたと思いきや、その手を見てみると、片手持ちの剣が握られていた。さやを捨て、綺麗な刃がその身を現す。
ゆっくりと近寄ってくる男の顔はどこか誇らしげに笑っている。
相手が弱者と思い油断している顔だ。
自分が負けるなどと思ってもない、傲慢な目だ。
でも、戦わなきゃ負ける。
「僕を殺すのか?」
「…」
もう答える気は無いのか。
いきなり話しかけるのは失敗だった。
もっと相手を観察するべきだったんだ。
あと3歩で切られる。
悪いけどこんなところで死にたくないっ。
「うっ…なん…だ」
うなりながら崩れる男の体は弱々しい。
何をされたのか分からないまま、握られていた剣は地に落ち、これ以上の声を発しないまま、その命は尽きた。
「ごめんよ」
男が剣を振る前に首をナイフで刺した。
ナイフは森にいた頃から使っている石で作った粗末な物で、微妙な出来だけど、人1人くらいは造作もない。
森の動物と比べると、優しいものだ。
首の骨を避けて指した石のナイフは、普通のナイフに比べて、荒く、脆い。体内でヒビが入り、余計に肉体を削っていく。血の量も相応だ。
「シルバ!」
座っていたもう1人の男が驚きと悲しそうな顔でこちらを見ている。
さっきまで、彼の勝利を疑わずに様子を見ていた顔が一気に青ざめたものに変わった。
「お前、なんなんだよっ。急に現れて、訳の分からん質問をしたと思えば、次は殺人?子供と思って甘く見てたが、どうやら人間じゃないようだな」
人間じゃない?
どうして。
「よくも、こう易々と人を殺せるな!」
ただ殺されそうだったから、攻撃しただけ。決して殺そうと思って近づいた訳では無い。
「正当防衛でしょ」
自分が襲われそうになった時、もし、命の危険を感じたなら、それに伴う暴力で反撃をしてもいいと習ったが、そうでは無いのか?
「まだ手を出していない相手に何が正当防衛だ。お前は人殺しの化け物だ」
手を出されたら、終わりだろ。
「あのまま、何もしてなかったら、俺は必ず殺されていた。だから先を呼んで反撃しただけだろ」
「それはお前がこの場所を知ってしまったからだろ。俺たちの計画を邪魔するやつは誰であろうと殺す。王からの命令だからな」
「王?今、王って言った?」
まさかこんなに早く情報が見つかるとは思わなかった。
「そうだ。お前が知りたがっていたこの国の王による命令だ。障害となるもの全てに攻撃許可が出ている。よって、お前が殺されることになんの問題もない」
もしこれが事実なら、まずいな。
でも、既に一人やっちゃったし、王様に伝達されないようにこいつもやっとくか。
どうせ、もう質問には答えてくれないだろうし…
「彼を殺すのは失敗だった。でも、もう取り返しがつかないからね、君も一緒に消えてくれ」
「俺はこいつのように油断はしない。国防騎士を舐めるなよ」
「騎士だったんだ」
なるほど、国の騎士は剣を持って戦うのか。
「そうさ。少し動けるだけのガキに負けるようなことは絶対にない」
倒れている男の手元から剣を拾い、歩く速度を上げながらこちらに向かってくる。
さっきの男とは真逆な体つきをしているこの男は、まるで、慣れていないような手つきで剣を握り、恐怖と怒りに満ちた顔で走り出した。
「うあぁぁぁあ」
人間も吠えながら戦うんだな。
その声と強さは比例しないようだが…
まだ、さっきの男の方が強そうだな。
そして俺に剣が届く距離になり、大きく横に振り出したその剣先は、今までの単調な動きとは裏腹に、しっかりと、重心の乗った綺麗な起動を描いた。
後ろに下がってそれを避けると、2振り目が飛んできた。ナイフは使いすてだったため、武器がない。
素手でいけるか?
森に入って間もない頃、食べれるものが無くて、飢えていた。何かを食べなきゃ死んでしまう。動物が好きで、生き物を殺すのを躊躇っていた自分だが、その時初めての狩りをした。道具なんかなく、狩りの仕方もわからなかった自分は、中くらいのネズミのような動物を素手で捕まえてひたすら殴った。
その時は必死で気づかなかったが、思い返すと吐き気がする。
それ以来、枝や石を加工して、狩りをしていたため、素手で生物を倒す感覚がわかない。
ましてや人間。生物としては中型のものとなると、その感触もまた変わってくるだろう。
よし、殴って気絶させとこう。
勢いを増して、狙われる自分の命。
縦に振った彼の剣を体を少し横にずらすことでギリギリ避ける。膝下まで降りたその刀身を足で押さえ込み、1発に全てを乗せる思いで顎目掛けて、全力で拳を振るった。
男は声も上げずに、その場に倒れ落ちる。
立ち上がる様子も無いため、気絶したのだと信じよう。
初動作は演技だったのかどうかは分からない、だが、騎士という者の強さを垣間見ることが出来たような気がした。
こんな人間がこの世界にはたくさんいると思うと、上がった心拍を抑えつつ、満悦の笑みが浮かび上がる。
「さて、もう1人の男が来る前にここから離れよう。この国の王を探すのも少し危なくなってしまったし、どれだけ広いのか分からないけど、隣の国まで走るとするか」
そうして、再び通った道沿いに走り出し、まだ見ぬ運命を変える王との出会いに心弾ませるアイデルという少年。
これからで出くわす全ての運命に、彼は一体どうやって向き合っていくのか。溢れ出る好奇心と、それを見つめる純粋な瞳には、一体何が見えるのだろう。
幼いながら、大の大人に勝る身体能力、精神。
どこで生まれ、どこで育ち、何を思って生きてきたのか。
ただひとつ言えるのは、森を抜け、ただ真っ直ぐに歩みを進める彼の人生は、今日動き出した。