眠りの浅かった日に・仮面舞踏会で・きらきらと光る星を・なおしてもらいました。
クリスマスが近しいので、ツリーの上にある星を直すよう言付かったのだが、残念ながら本業の接客が大変に忙しく、業務時間内にどうしようもなかった。なんとか都合を付けようと思えば思うほどに来客は質問を投げかけてくるし、そのたびに笑みを作って快く応対するのが仕事だ。どうせ電線が切れたか、お客様が誰かが引っ張って傾いてしまったのだろう。だがその星を直さなかったことで、ひどく上司から叱られてしまった。ショーウインドウも店の看板の一つだ、そこをお客様になるような人は見逃さないと言われるも、お客様にするように申し訳ございませんを繰り返すことしかできなかった。
「だから人増やせっつーの!」
友人と通話をしながら、私はふたの空いた缶ビールを勢いよくテーブルに叩きつける。
「人が増えないのに、あれ直せこれ直せって言うなら、修理の業者くらい呼べっての。どーせ大したことないんだろうけど」
『うわー大変じゃん。しかもお客って途切れないんでしょ? あんたのところ百貨店なのに意外と忙しいんだ』
「うちは顔なじみも多いし、今は中のモール目当てのお客様も多いしね、まあなんとかやってるけど、それよりも人件費削るのが許せん!」
『ははは、荒れてら~』
気の置けない友人との会話で、私は日常に溜まった鬱憤を晴らしている。都市部に正社員として勤務できるのは幸運なことだ。自分の勤めを誇らしく思う気持ちも少なからずある。だが繁忙期というのは人の心を削り、あまつさえ人格を変えてしまうのだ。今はこの仕事が憎らしくてたまらない。尊敬できる上司も、かわいい後輩も皆敵に見えるのだ。
『まあでもさ、偉いよ。いっつも仕事がんばってるもん』
「何よう、あんただってガンバってじゃん。フリーのイラストレーターになったって聞いたときは、すっごくびっくりしたんだから」
『まあなんとかやれてるよ。人間、目からの情報はどうしても外せないからね。イラストとか見やすいものって、需要ある。まだAIには奪われないよ』
「あはは、そっか。目に見えるものか。確かに視界がないと人間、生きていけないもんね」
そこでふと、私は星の曲がったクリスマスツリーを思い出す。私が直せと言われたものは、ショーウィンドウで何人通りがかるお客様になる人の目に触れただろう。そう思うと、先ほどからいきり立っている自分が恥ずかしくなり、鼻を啜ってしまった。
『どした? 寒い?』
「んーん。別に。・・・それよりさ、考えてくれた? 今度の婚活パーティの件・・・」
通話だから、急に鼻にこみ上げてきたものを誤魔化し、私は違う話題を振ることにした。明日も上司の顔を見ながら働くのだ。上司も今頃私のことを愚痴っているかもしれない。だがそれを恥じて逃げてもいられない。何故なら今は繁忙期だ。そして仕事に誇りを持っている。正社員であることもありがたいことだ。だから、だから明日も仮面を被って職場に行こう。やけ酒が醒めてきて、もしかしたら今日は浅い眠りかもしれないけれど、前を向こうと私は思って柿ピーを口でがりがりとかじるのだった。