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肝試し

作者: 日月 零



 高校で寮に入るまで、俺は夏休みに入るとすぐに丸刈りにしていた。


田舎の夏は、暑くて長い。当時の俺の家には、緑の羽根の扇風機くらいしか涼をとれるものが無かったため、暑さが猛威を奮う季節には、こちらも万全の体制でいる必要があったのだ。



 夏休みの過ごし方というのはいつの時代も変わらぬもので、当時の俺も夏休みの前半はひたすら潤沢な時間を味わうべく、怠惰な生活を送っていた。


とはいえ、家で寝ているだけではすぐに飽きが来る。


ゲームは勿論、テレビさえずっと麓の電気屋まで行かないと拝めなかった時代だ。夏の娯楽といえば自ずと川遊びか肝試しの二択となる。 


 そんなわけで、夏休みには仲の良い四人で肝試しや百物語なんかをやって遊んでいた。


俺たちの卒業後、生徒の減少により役目を失った村立小学校が、そうした遊びの主な舞台だ。


廃校となっても、俺と篤志あつし宏典ひろのり拓哉たくやの四人は変わらずお盆が来るたびに夜の校舎に忍び込んでいた。


"夜の廃校舎"というと不気味だが、低学年の頃から忍び込んできた俺たちにとっては、ただただ思い出深い場所だ。肝試しとは名ばかりで、中学生になってからは、年に一度、母校にいつもの面子が集う同窓会のようなものになっていた。


  1967年 8月7日


 俺は八月初旬の茹だるような暑さの中、縁側に寝そべって蝉の声を聞きながらぼんやりと日が暮れるのを待っていた。


熊蝉の合唱が耳にわんわんと響く。

どこかで野良猫が鳴いている。

軒先の風鈴はさっきからちっとも鳴りやしない。

次第に遠くの方から雲が伸びてきて、深い藍色に染まりだした。

不意に、居間の時計が八回鳴いた。学校までの距離を考えても、約束まであと一時間は暇がある。



 ふと、ひんやりとした風を感じて目を開けると、いつの間に来たのか、左手の先で猫がみゃあみゃあと鳴いていた。

柱の掛け時計に目をやると、針は九と十五を指している。

慌てて飛び起きて、つっかけを履を履き縁側からそのまま外に飛び出した。


 家から廃校までは歩いて半時間ほどだ。

懐中電灯を揺らしながら畦道を小走りで行く。

夕方になると暑さも幾分和らぎ、渓流沿いに降りてくる夜風が肌に心地良い。



右手にこんもりとした雑木林と小さな鳥居が見える。何年も昔に一度だけ、同じように肝試しで入ろうとした小さな神社だ。

近付くとかなり怖くて、結局そのまま帰った記憶がある。


 少し先の、畦道が交わるところに小さな影が見える。

久々に見る篤志あつしの背は、記憶よりも随分と伸びていた。


「よう。」


「よう。」


短く挨拶を交わして、並んで歩く。

俺よりずっと高い篤志の肩には、小ぶりな鞄が提げられていた。


「なんや、鞄なんか持って」


尋ねる俺に篤志は鞄の口を開いて見せた。

中には花火と水筒とスルメが入っている。


「好きやったやろが、あいつ。」

と、篤志が言う。あいつとは、四人組の中で一番のんびりとした性格をしていた、宏典ひろのりのことだ。


「やったなぁ、ガキんくせにスルメばっか食いよった。」  

顔を見合わせて、ふっと笑いあった。


 篤志は今、隣町の中学校で野球部のキャプテンをしている。元からでかい奴だったが、この三年で本当に逞しい体つきになった。並んでいると決して小さい方ではない俺の肩の高さにあいつの胸がある。


 会話はそれっきり、俺たちは黙って学校を目指した。

ざくざくと土を踏みしめる音だけが続く。


なんとなく、道端の彼岸花が目についた。


 郵便局を過ぎ、遠くに校舎の影が黒々と浮かび上がってきた頃、不意に藪の中から黒い影が飛び出してきた。


「わぁっ!」


「……よお。」

「おう拓哉たくや、久しぶりやな。」


毎年あの手この手で驚かそうとしてくる、四人の中で一番賑やかな奴が、拓哉である。

藪から出てきたくらいでは、俺も篤志も今更驚かない。


「なんや、二人とも久しぶりやのに、つれないのぅ。」


そうぼやく彼の手にもさきいかの袋が握られているのを見て、俺と篤志は思わず吹き出した。


「お、なんやなんや?藪から出てきたのがそんなに可笑しかったか?」


得意になっている拓哉に、篤志が黙って鞄の中身を見せる。


「ふはっ、なんや、同じこと考えよったんか」


「あいつ、これ好きやったからのう」


一通り笑ってから、しみじみと校舎を眺めて呟く。


「あいつ、今年も来とるんかな」



 さわさわと下草を揺らして、生暖かい風が吹いている。

残りの道のりは拓哉のお陰で随分と賑やかだったが、流石の彼も校門が見えてくると次第に静かになった。


 すっかりペンキが剥げて、錆びついた門を越える。

役目を失った校舎は年を追うごとに寂れていくけれど、四人で過ごした日々は色褪せることなく今も確かにここにあった。

下草を払いながら校庭を横切り、蔦に呑まれつつある木造の校舎を回り込むと、白いコンクリートが月明かりにぼんやりと白んでいるのが目に入る。


 去年と全く同じように、彼は校舎裏のプールで俺たちが来るのを待っていた。


「三人とも、久しぶりやな。篤志、えらいでかくなったなぁ。みんな元気そうでなによりや」


「ヒロは相変わらず、そんなとこで待っとったんか。門のとこまで来りゃよかろうに。」


「コンクリのが冷とうて、気持ちええからのぅ」


のんびりと話す宏典ひろのりの口調は、昔からほんとうに変わらない。

何年ぶりだろうが、四人組でいるときの俺たちは小学生の頃と何も変わっていないようで、それが俺には嬉しかった。



「うっし、皆揃ったんやし、探検するか」


パン、と手を打って拓哉が言う。


「去年入った穴、まだ通れるかのう、みんな随分でかくなったで。」


「そんときゃ、どっか壊せばええ」


巨体の篤志と心配顔の宏典が、妙に可笑しかった。


 幸い、去年使った壁の穴はまだ通れそうだった。念の為、篤志が穴の周りを殴ると、穴はあっさりと一回り大きくなった。


「これ…崩れんやろな」


珍しく不安そうな拓哉を尻目に、穴を潜る《くぐ》。


むっとした埃っぽさに慣れると、学舎まなびやの懐かしい匂いがした。懐中電灯であたりを照らすと、校舎の中はほとんど変わっていなかった。


「ここはなんも変わらんのう」


先に教室を見て回っていた宏典が、どこか嬉しそうに呟く。彼の目の先には、俺たちが壁に刻んだ悪戯書きが、きれいに残っていた。


「うえっ、埃っぽいのう、」


入ってくるなりむせた拓哉を見て、窓を開ける。

意外にも、汚れきった窓はすんなりと開いた。


「ほんまや、なんも変わっとらんなぁ」


窮屈そうに穴を抜けた篤志も、懐かしそうに壁の落書きを眺めている。


三人の足音に合わせて床板がぎしぎしと鳴るのが気掛かりだが、目立った損傷や雨漏りも無く、校舎は綺麗なままだった。


 先生がチョークで付けた黒板の凹みも、机の上の落書きも、掃除用具入れの裏に貼り付けたシールも、何一つ変わっていない。

四人で学校中の思い出を一つ一つ、紐解くように丁寧に見て回った。



 本当はもう少し思い出に浸っていたかったが、途中から拓哉が「花火はまだか、花火はまだせんのか」と喧しくなってきたので、仕方なく外に出ることにした。

再び穴をくぐる。

外に出ると、頭上には満月が輝いていた。


 月明かりの照らす校舎裏で、俺たちは花火に興じた。


赤や黄色や緑の炎を振り回してはしゃぐ拓哉と、それを眺めながら穏やかな線香花火を持っている篤志。プールの縁に腰掛けて、どこか寂しそうにそれを眺めている宏典。


ふっと視界が滲んできて、慌てて自分の手元に目を落とす。


柔らかな橙色が数回弾けて、落ちた。



 持ってきた花火を遊び尽くす頃には、だいぶと夜も更けて、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「そろそろ帰らないとな。」


壁にもたれて地面を見つめながら、篤志が言った。


プールの縁に腰掛けた拓哉は、ぶらぶらと足を揺らしたまま、答えない。


「うん、そうやな。」


宏典が促すように頷いた。


「また来年、来てくれな。」




 来たときと同じように俺と篤志と拓哉の三人で門を越える。


振り返ると、無残に焼け落ちた校舎が淋しげに立っていた。


持ってきたスルメを門の足元に立て掛けて、三人で静かに手を合わせる。


 遠く養鶏場からは、鶏の鳴き声が聞こえていた。








拙文にお付き合い頂きまして、有難うございました。


当初は、服に付いていた髪の毛が幽霊の存在を匂わせる、みたいなオチの普通の怪談話にするつもり(だから丸刈りなんです笑)だったのですが、段々とスタンド・バイ・ミー的な要素が強くなり、こんな話になりました。


お楽しみ頂けたなら幸いです。

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