遭遇
「フゥン? 景色のいいところなのね」
並んで道を歩きながら、マコトさんが言った。
「花が色とりどりでしょ? このへんは標高が特に高いんで、珍しい植物とかも生えてますよ」
俺がそう言うと、楽しそうに口角を上げてくれた。女の人間って、笑顔が可愛いんだなぁ。
「トーキョー本部にはこんな場所、なかったんですか?」
「あそこはただひたすらに地味だったわ。松と赤土ばっかりで鬱になりそうだったもの」
「ブナとかミズナラとか、生えてないんですか?」
「こんなどんぐりのなるような可愛い木はなかったわ」
そう言いながら、愛でるような目で、少し遠くのブナの木を眺める。
「他にはツタ植物に覆われてて、じめじめしててね。
そんな中を猫がネズミを追い回して徘徊してるもんだから、人間はこっそり隠れてしか生活できない」
「大変ですね……」
「そういう過酷な場所で、あたしは鍛えられて来たのよ」
まるで『あなた達みたいにのほほんと生きてない』と言われたようで、思わず頭をポリポリ掻いた。
「あっちに何かあるわね?」
マコトさんが何かを見つけて、言った。
「ああ」
俺はそれを知っていた。
「湖があるんですよ、小さな。魚もよく穫れるんです」
「釣り竿で?」
「そうです。非効率的かもしれないけど……」
「網とか使えばもっとたくさん、瞬時に穫れるわよ。あたしが開発してあげようか?」
「とりあえず、湖まで歩いてみます?」
「猫に遭遇する確率は?」
「ほぼ0%です。猫は人間を怖がってますから」
「まあ、出会ったら、あたしの格闘術で瞬殺してあけるけどね」
そう言うと固くしていた表情を、再び笑わせてくれた。
「見たいわ。連れてって、湖」
湖まで行くには背の高い草を掻き分けて、道なき道を行かないといけない。
何度か魚を釣りに入ってはいるので、草が倒れて一応道っぽくはなっているが。
「汚れちゃう。先、進んで」
マコトさんにそう言われ、俺は両手で草を掻き分け、進んだ。
草が再び倒れる前に通過しようというつもりなのか、彼女は俺の背中にぴったり手をくっつけて来た。
いい香りが後ろから漂って来て、なんだかピンク色の可愛い幻想を見てしまいそうになる。
「もうすぐです」
そう言って、最後の草を掻き分けた。
目の前に陽の光を浮かべてたたずむ湖の景色が広がり、
その畔からこっちを睨みつけて毛を逆立てている三匹の猫の姿が現れた。
「うわあっ! マコトさん、危ない!」
俺は咄嗟に彼女の胸を押して、突き飛ばした。なんだか『ふにょん』と柔らかい感触だった。
「イーきにー!」
なんだかそんなことを言いながら、迷彩色のジャケットを羽織った黒猫が銃を発射して来た。
こいつ……木の上からユカイを撃ったやつだ!
間一髪避けた。足が滑ったお陰だった。危なかった! 当たってたらマコトさんの前でバカになっていたところだ。
「退きなさい!」
後ろからマコトさんが俺を押し退ける。
マコトさんが発射したマタタビ銃は、広範囲にマタタビを散らした。
散弾銃だ! 初めて見た!
「うにゅあ!」
メガネをかけた白猫がなんかそんなことを言い、手にした銃でバリアみたいなものを張った。
一番長身の紫色の猫が、黒猫とともに銃をこちらに構えて突進して来る。
「援護して」
そう言うとマコトさんが前へ駆け出す。
彼女の言う通り、戦争が始まった。凄く局地的な戦闘ではあるが。
目の前で猫どもが躍っている。
尻尾があり、それが揺れている。
尖った耳、でかすぎる目、柔らかそうなお腹、やたらとかわいい動き……
なんて気持ち悪い生き物だ!
俺はマタタビ銃を二匹の猫の足元をめがけて撃ちまくった。
二匹は素早くかわし、マコトさんに突進を続ける。
くそっ! もっと射撃の練習をしとけばよかった!
ふと、場違いとしか言いようのないものに気づいた。
オレンジ色の猫が一匹だけ、こんな戦闘が起こっているというのに、
のんびり釣り糸を垂れたまま、じっと背中をこちらに向けている。
なんだ、あの、余裕というか……アホっぽさは。
こんな時に一匹だけ釣りを楽しみ続けてるとか、よほどの大物なのか、それとも、やはりアホなのか?
「ちぇすとーーっ!!」
マコトさんが二匹の猫と格闘を始めた。
二匹は鋭い攻撃を避けながらも目を白黒させている。
マコトさんは本当に強い!
鬼神のような力強い動きで、めっちゃ速い連続蹴りを繰り出し続けてる。
流れるような動作は芸術的とさえ言える。
その蹴りをヒラヒラとかわしまくる猫どもも凄い! いや、憎たらしい!
かわしながら、どちらかが隙を見てバカ銃を撃とうとする気配を見つけると、俺がマタタビ銃をそいつに放つ。
なんとか役に立っている……のかな?
メガネをかけた猫はどうやら防御専門のようだ。
しかも肉弾戦には為す術がないようで、離れた場所からじっと様子を窺っている。
殺るか、殺られるか──そんな殺気に満ちた戦場と化した湖の畔で、
オレンジ色の、顔がでかい猫だけが、まるで別の世界にいるかのようだった。
垂れた釣り糸にじっと集中し、威厳なのか天然なのかよくわからないオーラをその後ろ姿が放っているのを、俺は気になってしょうがなかった。