総司令官来訪
「遠いところ、はるばるお疲れ様です!」
山原隊長が敬礼をした。
隊長もどうやら青江総司令官がこんな少年だということは知らなかったようで、びっくりしたような顔をしている。
50歳のオッサンが13歳の少年に敬礼しているのがなんだかおかしくて、俺は笑いをこらええいた。
「山原くん……。部下の躾がなっていないよ」
青江総司令官は無表情に、陰鬱な目つきのまま隊長を叱った。
「なんか気安く体を触られた。私の体に触れていいのは限られた者だけだというのに」
「もっ、申し訳ありません! おいっ、冴木隊員! あとで懲罰だ」
なんかトイレ掃除をやらされるらしいことが決まった。
ふん……。隊長だって、知らずに総司令官にあそこで会ってたら、たぶんもっと無礼なことをしてたに違いないくせに。
「ところでお一人で来られたのですか? ……お付きの方々は?」
「あとから来るよ」
「どうやって来られたのです? 飛行機で?」
──いや、飛行機とか、乗り物の気配はまったくなかった。突然、俺の目の前に現れたんだ、総司令官は。
俺がそう思っていると、立派なスーツ姿の少年は、意外なことを言った。
「これで来た」
そう言って、足に履いている靴を目でさす。
靴の底にはローラーがついていて、滑って進めるようになっている。
「ローラーシューズで!? それはまた……」
「私の趣味だ。口を出すな」
俺は内心『やっぱり子供だな』と思ってクスクス笑っていた。
あるある。子供の頃って、一人で無茶な冒険とかしがちなもんだ。
そう思っていると、青江総司令官がまた意外なことを言った。
「これのほうがよっほど早いのだ。飛行機などで来るよりも」
「「「「「あっはっはっは!」」」」」
冗談だと思い、マコトさんを除く全員が笑った。太郎丸もつられておかしそうに吠えた。司令室が笑いで充満した。
総司令官が目に見えて不機嫌になった。
「みんな……。ほんとうなの」
マコトさんがフォローする。
「青江様はローラーシューズの世界記録保持者であらせられるの。スケートボードよりも、マウンテンバイクよりも、飛行機よりも速く移動することがお出来になるのよ」
「まじですか!」
「それはすごい!」
「天才少年!」
不機嫌を顔いっぱいに表した総司令官を見て慌てたのか、みんなが必要以上に褒めた。
「ところで……」
隊長の椅子に腰を下ろすと、総司令官は飲み物を求める手つきをしながら、言った。
「猫のことだが……。報告内容に関して色々と聞きたい」
俺たちはみんな、緊張に拳を握った。
青江総司令官が、俺たちが成り行きで勝手に結んだ猫との平和条約についてどんな意見をもっているのか、俺たちはまだ知らされていなかった。ただ何の連絡もないまま、指示を待つようにだけ言われていた。
この少年司令官が、果たして猫との友好に賛成してくれるのか、それともあくまで猫を絶滅させようとしているのか、わからない。
俺たちヤマナシ支部のメンバーはもちろん全員が友好を望んでいる。ここで総司令官の機嫌を損ねないよう、最高のお飲み物をマコトさんがお出ししてくれた。
「どうぞ、青江さま。メロンジュースですわ」
「ほう……?」
総司令官の陰鬱な目つきが少し緩んだ。
「こんな高級なものをどうやって入手した?」
早速ストローでそれを大事そうに味わいはじめた少年に、マコトさんが答える。
「猫ちゃんが持ってきてくださいましたのよ」
「猫が……?」
青江総司令官がメロンジュースを飲むのをやめ、コップをテーブルに置いた。
マコトさんが続けて言う。
「ええ。猫ちゃんたちの町にはメロン畑があるんですの。報告はしておりますけど、是非、青江さまご自身の目であれはご覧になってほしいですわ」
総司令官は胸ポケットからハンカチを取り出すと、汚いものを拭くように、自分の口を拭いた。
「猫の作ったものなど口にしてしまった……」
ゴキブリの作ったものを飲んでしまったようにそう言うと、総司令官は俺たち一人一人を睨む。
「毒見はしたのか? 毒が入っているかもとは思わないのか?」
「猫は恐ろしい妖怪とか、人間の敵とか、そんなんじゃありません!」
俺は思わず口を出していた。
「俺たち人間は猫を『こわいもの』とずっと思っていました。でも、猫について何も知らなかったから、そう思ってただけなんです。ほんとうは『こわいもの』なんかじゃなくて、『かわいいもの』なんです!」
「ああ……」
青江総司令官は俺の言葉なんか聞こえてなかったように、言った。
「……来たようだ」
外でプロペラの音が聞こえていた。
ヘリコプターがこの基地に向かって近づいてくる。
総司令官が椅子から立ち上がり、俺たちに背を向けると、言った。
「トーキョー本部から秦野、中井、松田の3人を呼びつけた。ようやく来たようだ」
「秦野……」
マコトさんが眉間にシワを寄せて呟く。
「猫殺しの……秦野ユイか」




