NKU総司令官青江当麿
「ねぇ、マコトさん」
「なに? ミチタカくん」
俺とマコトさんは二人で自動運転車に乗り、森の中を走っていた。
天気はよくて、遠くに湖がキラキラ輝いているのが見える。
こんなロケーションの中をマコトさんと二人きりの車内にいても、俺はちっともドキドキしていなかった。緊張でそれどころじゃない。
NKU総司令官、青江当麿氏が俺たちの迎えを待っている。
基地の場所がわからないとのことなので、森の入口まで二人で迎えに行くのだ。
「青江総司令官って、どんなひと?」
へんな話だった。俺の働く組織の最高幹部なのに、顔を見たことがないのはおろか、どんな人物かって噂さえ聞いたことがない。
俺のイメージでは山原隊長を十倍ぐらい頑固にしたオヤジで、接待するのに神経をすり減らしそうな感じだ。知らんけど。
マコトさんが赤い唇に笑いを浮かべ、意味ありげに笑って答えてくれた。
「ナイショ」
「な……、なんで?」
「総司令官にお会いした時のミチタカくんの驚いた顔が見たいからよ。ウフッ」
「驚く? なんで?」
「さぁね? そろそろ待ち合わせ場所に着くわよ」
「護衛のひととかも一緒に来るんでしょ? どのひとが司令官か、俺、わかんないよ?」
「あたしがお顔を知ってるから大丈夫よ。さ、車が停まったわ。降りるわよ」
「あ。……はい」
車を降りると森のはずれだった。
一本、目立っておおきな杉の木が立っている。こいつが待ち合わせ場所の目印だ。
総司令官はまだ来られていないようだった。小鳥の声だけがあたりに響いている。
「ちょっと……ミチタカくん」
後から降りてきたマコトさんが、不愉快そうに言った。
「女性はエスコートするものよ? 何、先にサッサと降りちゃってんの?」
「え……。そうなんですか?」
「当たり前でしょ! 女性のために扉を開けて、外に危険なものがないか確かめて、それからあたしを先に降ろすの。トーキョーでは当たり前のマナーだったわ」
「す……、すみません」
そんなことは考えたこともなかった。だってマコトさん、俺より遥かに強いのに……。でも一応、謝っておいた。
「まぁ、いいわ。あたし、ちょっとお花摘みに行ってくる。ミチタカくんはここで立ってなさい」
「お花……? 総司令官にプレゼントするんですか? それなら俺のほうが詳しいですよ。このへんに咲いてる花のことなら……」
「……あんた、女の子のこと、なんにもわかってないわね」
「女の子……? マコトさんが……?」
俺は冗談だと思ってプッと吹き出した。
「アハハ! リッカなら確かに女の子だけど、マコトさんは女の子って感じじゃないですよ。おかしいなぁ……!」
蹴られた。
結構本気の重い蹴りをどてっ腹に入れられ、一瞬息が止まったかと思った。
「見に来たりしたら殺すわよ? 野っ原でするんだから」
そう言われてようやく意味がわかった。草の陰で野グソする気なんだ。……きったねぇ。誰が覗いてやるもんか。
でもこれがもしもリッカだったら……
覗く……かも。
覗いて……しまうんだろうな。なんてやつだ、俺。エヘヘへ……。
ほわほわと頭の上に妄想を浮かべていると、カサッと葉擦れの音がした。
「あれ……?」
いつの間にか、目の前に男の子がいた。
13歳ぐらいかな? 立派なスーツを着こなした、でもまだまだ子供だ。
サラサラの髪に白い肌。美少年ということばがピッタリだけど、目つきがやたらと陰鬱な感じの少年だった。
「こんにちは」
俺はマコトさんに蹴られた腹をおさえながらも、にっこり挨拶した。
「キミ、どこから来たの?」
すると少年はその陰鬱な目つきを少し鋭くして、俺を睨みつけるようにして答える。
「もちろんトーキョーだ」
「あっ。もしかしたら青江総司令官のお供の子?」
「……」
少年が何も言わずに俺の顔をじーっと睨んでいるので間がもたず、俺はキョロキョロすると、彼に聞いた。
「青江総司令官、待ってるんだけど……、どこにいるの?」
「知らんのか」
「何を?」
「無礼者が」
後ろからマコトさんが野グソを終えて戻ってくる気配がした。
俺は振り向き、少年の肩に手を触れながら、マコトさんに報告した。
「マコトさーん。なんかかわいい少年がひとりだけ来たけど、青江総司令官はまだみたい」
こっちを見ると、マコトさんが何やらビシッと姿勢を正し、敬礼をした。なんか顔が少し青ざめてる。
「え……。どうしたの、マコトさん?」
少年の背中をどん!と押しながら、俺は首を傾げた。
「とりあえずキミ、車に乗りなよ」
「ミチタカくんっ!」
マコトさんが俺を睨んだ。
「総司令官! 総司令官よっ!」
「は?」
俺はあたりをキョロキョロ見回した。
「いないけど?」
「その方がNKU総司令官、青江当麿さまよっ!」
「え……?」
俺は気安く肩を抱いてしまった少年の顔を、おそるおそる見た。
「ヤマナシの田舎猿め」
青江総司令官は俺をゴミでも見るように一瞥すると、肩にかけていた俺の腕を払いのけた。
「私が13歳の少年だからといって舐めているのか?」
急いで姿勢を正し、胸に拳の内側を下にして当て、NKUの敬礼をした。
そしてなぜか、言ってしまった。
「い……、イーきにー!」