あっという間の第二部のおわり
「ぽるぽるせいじーん!」
そんな断末魔をあげて、ぽるたん星人の乗る飛行物体は吹っ飛ばされていった。
あっという間に空の彼方に消えると、キラーンと一瞬、星のように光り、二度と戻ってこなかった。
それを見送ると、俺は呆気にとられたまま足元の猫たちを見た。
マオもビキもコユキも口をモゴモゴさせて、なんだか「うにゃうにゃ」と呟いている。無意識で動いているロボットみたいだった。
彼らは俺たちの乗ってきた車をあっという間に解体し、大砲のような兵器に素速く作り変えた。まるで魔法のようだった。
その兵器は先の尖った大砲みたいな形で、尖った砲身からレーザービームのようなものを放出したのだった。それはねこパンチのような光となり、ぽるたん星人のあのコンビニ・ボムをうっちゃりながら、一瞬で標的を宇宙の果てまで飛ばしてしまった。
「わかりましたか?」
ユキタローが振り向き、俺たちにいう。
「これが猫の科学力です。あなたがたとは較べものにならないでしょう? そして、マオは普段は無邪気でかわいいですが、その潜在能力は見ての通り、人間を遥かに凌駕する知能を有しているのです」
そう言いながら、ユキタローはちっとも自慢げではなかった。
むしろ『こんな力を使わざるをえないことが悲しい』みたいに、しょげ返っていた。
俺たちは何も言葉が出なかった。
ただ信じられないものを見せられ、立ち尽くしていた。
海崎さんが、ただ一言だけ、呟いた。
「私たち人間の叡智が歯も立たなかったあの敵に……猫が……」
そして隣にいたブリキを振り返るとなんだかいきなり敬礼をし、握手をした。
大砲は使用が終わるとすぐさま解体された。
ユキタローが「こんなものをそのままにしておくことはできない」と言い、4匹でまた力を合わせてバラバラにしたのだった。そしてそれを車に戻すことは、できないようだった。
それをするにはもう一度あのお勉強会を開かねばならず、マオたちの頭におおきな負荷をかけるので、これ以上賢くしたらマオがかわいくもなんともない化け物に進化するかもしれないというのだ。
ユキタローひとりではどうすることも出来ず、鉄屑のまま放置されることになった。
太郎丸を基地に残しておいて正解だった。
マオたちは大砲を解体してしぱらくすると元に戻った。
「あれっ? ぼくにゃん何をしてたかにゃん?」と、いつものかわいいマオに戻り、大砲を作った時の記憶はまったくないようだ。
ビキも元に戻り、ビクビクしながら必死に自分たちがふっ飛ばしたことも忘れたのか、ぽるたん星人を探している。
「あっ、来たぞ」
ユカイが東のほうを指さし、言った。
東の森のほうから迎えの車がやって来た。
運転席にビーグル犬の太郎丸が乗っているのが小さな窓から見える。
こんなこともあろうかと訓練しておいてよかった。操縦は自動運転だが、車を始動させ、目的地を設定したのは太郎丸だ。
車が停止するとドアが開き、太郎丸がしっぽを思いきり振りながら駆け出してきた。
それを見て猫たちがきょっとしたように固まり、注目する。
「わんわんだ!」
マオが興奮して前へ出てきた。
「わんわんだ! わんわんだ!」
その後ろからミオがおそるおそるやってきて、マオの背中にぴったりとくっつくと、声を震わせる。
「マオちゃま……。ミオはわんわん怖いのですの」
「大丈夫にゃ! ぼくにゃん知ってるにゃ! わんわんはその首の下に潜り込ませてもらって眠るととっても気持ちのいいものにゃ!」
そう言いながら、腰をヘコヘコさせながらマオが太郎丸に近づいていく。
ハッハッハッハ、と息を荒くしながらお座りしている太郎丸に、俺は命じた。
「伏せ」
太郎丸がサッと地面に伏せたのを見て、マオが驚きの声をあげる。
「みっちゃんすごいにゃ! わんわんを操れるのかにゃん! それって、テイマーってやつ?」
よく意味がわからなかったが、俺は答えてやった。
「犬も地球の仲間だからな。友達になれるんだよ」
「すごいにゃ!」
マオは顔を輝かせたかと思うと、すぐに曇らせ、こぼした。
「……でも、あのぽるぽるさまたちとはお友達になれなかったにゃ」
マオの悲しそうな顔は見たくなかった。
生きてるだけでとても楽しそうなマオにはそのままでいてほしかった。だから口からでまかせだなとは思いながら、俺は言ってやった。
「あれは違う星から来たやつらだったからな。地球の仲間なら、みんな友達になれるよ」
「ほんとうかにゃん?」
「ああ……」
俺はにっこり微笑んでみせてやった。
「人間と猫だって友達になれただろ?」
「そうにゃ!」
嬉しそうに、マオが両手を空に広げてその場で踊り出す。
「みんな地球の仲間なんにゃ! みんな友達にゃ! そしてそんな地球の支配者がぼくにゃんにゃ!」
太郎丸が舌を出してハァハァ荒い息を吐きながら、にこっと笑った。
人間たちは俺を除いて笑わなかった。
猫の潜在能力を見せられる前ならかわいいなと思えて、みんな笑ってたことだろう。しかし車をあっという間に兵器に作り替えたあの力を見たあとでは笑う気になれないのだろう。
ぽるたん星人が建てたコンビニは残り、猫たちの遊び場になっていた。
それを見ながら、俺はマオにさよならを言った。
「じゃ、俺たちは山へ帰るよ」
「また遊びに来てくれるかにゃん?」
マオが俺の足元にスリスリしながら聞いてくる。
「いつまた遊びに来れるかにゃん?」
俺はユキタローのほうを振り返り、聞いた。
「また……来てもいいかな?」
「いいでしょう」
ユキタローはうなずいてくれた。
「私たちは友好条約を結びました。……ただし、あなたがた人間がもし、地球の支配者に返り咲こうとするなら、私たちは迷いなく、あの宇宙人のようにあなたがたを宇宙の果てまで吹っ飛ばしますよ。一万年前にそうしたように、あなたがたは必ず地球を破壊しようとするでしょうからね。猫が地球を支配している限り、そんなことは起こりません。地球の支配者は猫であるべきなんです」
そしてマオの肩を優しく抱くと、ほっぺにキスをした。
「マオ……。さっきはごめんね、あなたの潜在能力を呼び醒ましたりして」
「構わないだにゃん」
マオは楽しそうに、ユキタローにキスを返した。
「繊細なぼくにゃんだけど、ユキにゃんにならお昼寝中を呼び起こされても噛んだりはしないだにゃんにゃんにゃん」
俺たちは車を走らせ、山へ帰っていった。
町じゅうの猫たちが見送ってくれた。マオのように手を振ってくれる猫もいれば、じーっとただ見送ってくれる猫も多かった。
俺とリッカだけが「また来るよ」と手を振り返した。他の隊員たちはなんだかしょんぼりとしてしまって、俯いていた。
誰もが黙っている車内で、山原隊長がぽつりと言った。
「猫との付き合い方を変えねばならんな……」
どう変えていくのかはわからない。
今まで通りに住み分けをして、我々人間は猫に平地を譲り、山に籠もって住み続けるべきなのか──
それとも友好を結んだのだから、たまに遊びにいくどころか、近くに人間の街を建設させてもらうことも可能かもしれない。
しかし、ユキタローがそれを許すだろうか。
あの宇宙人たちのように、人間が地球を支配しようとしはじめたら、猫は人間を宇宙の果てまで吹っ飛ばすことだろう。
「とりあえずトーキョー本部へ報告し、指示を仰ごう」
隊長の言葉に、みんながただ黙ってうなずくしかなかった。
みんなどうすべきかを口に出せないものの、猫と人間の関係性が変わりはじめていることだけは確かだった。
(第二部『宇宙人 vs 猫』 完)