帰っちゃイヤにゃ!
夕陽が猫の町の何もない草原を染めていた。
「とりあえず……帰るか」
歩きながら、隊長が言った。
「太郎丸を待たせていることだし……」
「隊長……。これからのNKUの活動はどうするんですか?」
海崎さんが聞く。
「今まで通り、猫絶滅のための活動を続けるのか、それとも……?」
「猫ちゃんがかわいいという事実を知ってしまったからには……元には戻れんだろう。とりあえず、青江総司令官に報告はしよう」
「まさか……和平に向けての活動に変更するとか言いませんよね?」
海崎さんがなんだか食い下がる。
「猫に小馬鹿にされたんですよ? 悔しくはないんですか?」
「さっきの白猫には正直ムカついたが……」
「ところでにゃん!」
マオが好奇心をたっぷり浮かべた目で、隊長に質問した。
「それは何のお話なのかにゃんにゃかにゃん!?」
隊長の顔が、自然にニヤけた。
孫を見るような笑顔で、マオの頭を優しく撫でながら、言う。
「すべての猫があんなではない。……むしろ、マオちゃんのような、かわいい猫がほとんどだ。あの白猫にはムカついたが、猫全体に対しての考え方は、私はすっかり変わってしまったよ」
「ふふ……。隊長もマオたんにメロメロですのね?」
マコトさんが後ろからマオに抱きついた。
「このもふもふ感、たまらない」
「わかんないにゃ!」
マオがぐずってる。
「ぼくにゃん、さっぱり! わかにゃにゃいにゃ!」
海崎さんの表情が険しくなってる。
なぜあんな表情をするんだろう……。隊長に噛みつきそうな顔だ。
どうしたんだろう? 猫のかわいさを知ってしまったら、それに夢中にならない人間なんているはずないのに……。
それに海崎さんもブリキと仲良くなったはずなのに……
俺がそう思っていると、ちょうどそのブリキの姿が視界に入った。
行く先にある低い塀の上にうずくまり、俺たちがやって来るのを目つきの悪い目でじっと見ている。
マオがそれを見つけて挨拶した。
「あっ! ブリキにゃん! 『イーきにー』」
ブリキは姿勢を変えずに口だけで挨拶を返した。
『……イーきにー』
「おっ? これはちょうどいいチャンスだぞ?」
隊長がにこっと笑った。
「さっき練習したばかりの我々の『いーきにー』を試すチャンスだ。一人ずつ、この猫ちゃんに挨拶しよう」
隊長はそう言ってウキウキするように歩き出すと、ブリキに向かって挨拶した。
「いーきにー」
『近寄んじゃねーよ』
ブリキの鋭い猫パンチを食らって隊長がのけぞった。泣きそうな声で「な……、なぜ?」と漏らした。
「ははっ……。今の発音はよくなかったですよ」
俺は日頃隊長からいじめられているので、気分がよくなった。
「見ててください? 俺が挨拶を交わしてみせます」
正直、絶大な自信があった。
自分はもう猫語がペラペラになっているという根拠のない自信まで持っていた。
俺はやわらかくブリキに近づくと、手をゆっくりと上げ、笑顔で言った。
「イーきにー!」
『俺に話しかけんな人間ごときがよ』
俺も高速の猫パンチを3発連続で食らい、後ろに吹っ飛ばされた。ツメが出てなかったので無傷で済んだが、心が傷ついた。
「だめね……二人とも」
マコトさんが前に出た。
「お手本を見せてあげるわ。猫語翻訳機を作ったこのあたしが……ね!」
マコトさんはにっこり笑顔を作ると、ブリキを刺激しないようにだろう、でっかいかまぼこを前に差し出しながら、近づいた。
ブリキはそれをじっと見ている。
なんだか企んでいそうな険しい表情で、マコトさんが来るのをじーっと見つめている。
『やめろ、ブリキ』
海崎さんが横から猫語翻訳機を通じて言った。
『約束だぞ』
『人間風情がよ』
ブリキは吐き捨てるようにそう言うと、ツメをいっぱいに伸ばした手で、マコトさんを攻撃した。
しかし届かなかった。空振りだ。
いきなり攻撃されたマコトさんがびっくりして後ずさる。
険悪な空気が漂った。
「か……、彼は機嫌が悪いようだ」
隊長が無理やり笑顔を作り、言った。
「誰にでも機嫌の悪い時はあるもんだ。行こう。帰り支度をするぞ」
車を停めてある広場に行くと、猫がたくさんいた。
珍しそうに車の中を覗き込む猫、タイヤの上で休憩している猫、天井の上をゆっくり歩く猫……猫、猫、猫だらけだった。
隊長たちが猫たちに退いてもらっている間に、俺はマオに言った。
「マオ……。とりあえず俺たちは一旦基地に帰るよ。猫が悪いものじゃないってみんなに知ってもらえただけで大収穫だった。また、遊ぼうな?」
「えーーーっ!?」
マオが大声を出し、飛びついてきて、抱きついてきた。
「やだにゃん! やだにゃん! 一日はこれからにゃん! 夜はこれからなんだにゃん! もっと遊ぶにゃ! みっちゃんたちと遊びたいにゃ!」
「そうだよぉー、ミチタカくん」
さる……山田先輩の声が飛んできたので、そっちのほうを見ると、先輩が背中を上に向けて地べたに寝そべっており、その背中に猫をいっぱい乗せていた。
猫たちはみんな前足で先輩の背中をふみふみしていた。
「な……、何をされてるんですか? 先輩」
「見ての通り、マッサージを受けてるんだよ。マッサージねこさ」
ウィンクをした。
「君もどうだい? 気持ちいいよ」




