地球の害虫
「昔々、大昔……我々『直立し、言葉を喋る猫』の祖先ともいうべき、『パンジーの猫』という猫がいました」
ユキタローが問わず語りをはじめた。
「その頃、地球の支配者は人間だったそうです。人間は地上にはびこり、我々猫をはじめとした他の生物を、自分たちの都合のいいように管理していたそうです。
人間は自分たちだけのために地球の資源を啜り、挙句の果てには地球の環境を破壊してしまった。
パンジーの猫はそんな人間の横暴を見るに見かね、遂には人間を絶滅させるため、その力を発動させました」
「なんだ、それは」
隊長が鼻で笑いながら、尋ねる。
「猫の世界に伝わる神話か何かか?」
「猫にそんな力があったなんて……、笑えるな」
海崎さんは冗談を聞いたように、笑う。
「凄いんだな、猫神様って……。プッ!」
「実話です」
ユキタローは真顔で答えた。
「ほんとうにあったことです」
隊長が笑い飛ばそうとする。
「おばあちゃんにでも聞いたのか? 『昔、猫は凄かったんだよぉ』って」
「猫を『神の子』ということにでもしたいんでしょうね」
海崎さんは笑いすぎて涙をこらえている。
「猫は世界を変えられる力を持っているみたいなことにして、猫の威厳をでっち上げたいんだ」
ユキタローは顔色ひとつ変えずに、言った。
「ボクがこの目で見てきました」
「どうやってだよ? ハハハ!」
「昔々、大昔の話なんだろ? ヒヒヒ!」
「自分の作ったタイムマシンに乗って、約一万年前を、この目で見てきたんです」
隊長と海崎さんが黙った。
顔を見合わせると、再び『そんなバカな』というように笑い出したが、今度は自信なさげな笑いだった。
「証拠を見せてよ」
マコトさんが横から険しい顔でユキタローに言う。
「そのタイムマシンはどこにあるの? あたしを一万年前に送ってみせてよ」
「今はもう、ありません」
ユキタローがかぶりを振る。
「危険なものだと判断したので、処分しました」
「ハハハ……! ハーハハハ!」
再び隊長が、鬼の首でも取ったように笑い出した。
「ほれ見ろ! 猫は嘘つきなんだな!」
「嘘はいけないよ、猫くん」
海崎さんも勝ち気に戻った。
「そんな嘘なら私にでも言えるぞ? 私もタイムマシンを作って一万年前を見てきたが、猫がゴキブリみたいに汚くて辟易したぞ? カサカサ地を這い回って……」
まぁ、確かにそれが俺たちの教わった猫の姿だ。
人間は幼い時から、猫とはゴキブリが進化した生き物だから絶滅させるべきものだと教育されている。
ユキタローはため息をつくと、言った。
「とにかく……。あなた方人間に地球は任せられません」
そして俺の隣に立っているマオを見つめ、
「地球の支配者は猫です。その頂点に立つのが、そこにぼーっとしているマオ・ウです」
言い切った。
全員がマオに注目した。
マオはびっくりしたようにキョロキョロすると、照れたように一言、『にゃん』と言った。
ユキタローはおっぱいを飲むコユキをお腹にくっつけたまま、俺たちを叱りつけるように語る。
「地球は一度、死にました。もしも猫がもっと早くから地球の支配者だったら、そんなことにはなってなかったのに……。
猫は足ることを知っているんです。あなた方のように愚かじゃない。猫用に地球を好きなように開発すれば、やがて環境を破壊して、自分たちに跳ね返ってくることを知っているんです。
もちろんタラレバの話をしたってしょうがありません。今はあなたたちがまた力を持って、地球を破壊してしまわないように、注意するだけです。だから猫の科学技術はお教えしません。どうぞ何も学ばずにお帰りください」
「フン……。どうでもいいが……つまり」
山原隊長が腹を立てたように言った。
「人間と猫の和解に、おまえは反対というこただな?」
「もちろんです。だからといって争うつもりはありません。それぞれ自由に、好きなようにしていたらいいでしょう」
「わかった」
隊長がみんなに命令した。
「行くぞ」
俺たちがユキタローに背を向け、歩き出すと、マオはこっちについて来た。
隊長と海崎さんはムカついたように、マコトさんは残念そうに歩くその背中に、俺はどう言ったらいいかわからない心境でついて歩いた。
マオが俺の足をつついて、聞いてきた。
「ところでさっき、何のお話をしてたのかにゃん? ぼくにゃん、さっぱりわからなくて、ぼーっとしてしまったのにゃ」




