丘の上
「こんなに簡単に友好が実現するとは……」
小高い丘の上から、猫の町の様子を眺めながら、俺はリッカに言った。
「そしてあのマオが、本物の、あの、マオ・ウだったなんて……」
くすっと笑ってから、リッカは言った。
「あなたたち、マオのイメージを凄いものに作り上げてたのね? ミチタカ」
「ほんとに……その通りだ」
うなずくしかなかった。
「勝手に極悪な魔王のように作り上げて、勝手に怖がって、勝手に憎んでた。あんなに平和で可愛いやつなのに」
「イメージって怖いよね。相手に対して悪いイメージを抱くと、それがどんどん育って、ありもしない化け物を育て上げちゃう」
「ほんとうだ……」
俺はまた、深くうなずいた。
「しかも人間は一万年ぐらい前から、猫に対してそんなイメージを持ち続けてたんだ」
「ひっくり返るのはあっという間だったね」
リッカの声が嬉しそうだ。
「私は虎のママに育てられたから、早くにそのイメージから抜けられてたけど」
ちょうど二つ並んだ同じような岩の上に、俺とリッカは座っていた。
リッカの華奢な膝や肩が、たまに俺の体に軽く当たった。
俺は聞いてみた。
「リッカも昔は猫が怖かったの?」
「みんなと同じだったよ。……っていうか、ママに会った時が一番怖かった」
そう言って笑う。
「やっぱり怖かったんだ? サンバさんのこと」
「よく覚えてるわ。私、9歳だった。両親が虎に食べられて、私も食べられそうになってるところをママが助けてくれたんだけど……、信用なんか出来なくて、ただひたすらにママのこと怖がってた」
「だろうね……」
うなずきながら、もっとリッカの話が聞きたかった。
太陽はぽかぽかで、猫の町にはのんびりとした空気が流れ、ずっと山の中に隠れて暮らしていた人間の俺は、広すぎる空と吹き渡る風に、自分がなんだかとても小さくなったような感覚がしていた。
話が途切れたので、思わずリッカの顔を見た。
とても心地よさそうに目を軽く閉じて、何かを思い出しているように見える。
「猫のこと、もっとよく知りたいけど……」
俺は口から出る言葉に任せて言った。
「リッカのことも、もっと知りたいな」
リッカが目を開けて、おかしいものを見るように笑いながら、俺のほうを振り向いた。
ぼんっ! と、自分の顔から火が出た気がした。
「あっ……! いや……! へんな意味じゃなくて!
なんかリッカって、特殊な感じするし、出会ったばっかりっていったら出会ったばっかりだしっ……!」
「そうね。私もミチタカのこと、もっとよく知りたいわ」
そう言って笑ってくれたので救われた。
丘の上からは色んなものが見えた。
塀に並んでもたれて、ユカイとビキがまだメロンを食べている。
さる……山田先輩はミオと仲良くなったようだ。気持ち悪いほどベタベタし合って、ミオの体中を撫で回している。
猫本さんは姿が見えないけど、たぶんどこかでコユキと一緒に食後の昼寝かな。
猫の可愛さになびかないので心配していたけど、海崎さんもブリキと仲良くなってくれたようだ。二人並んでどこかへ歩いて行く。
ふと見ると、丘の上には俺とリッカの二人だけじゃなかった。
少し離れたところに山原隊長が座っていた。
その周りには子猫がたくさん、くっついている。
隊長のことが大好きなように、白や黄色の蝶がすぐ近くを舞い、可愛い花の絨毯が、隊長のいかつい体を支えている。
膝の上に三匹の子猫を乗せ、周囲を昼寝する子猫たちに囲まれながら、いつもは厳しい表情ばかりしているあの隊長が、放心したようにとろんとした顔で、猫の町の景色を眺めていた。
俺は思わずくすっと笑ってしまった。
隊長もどうやら猫の魅力にハマってしまったようだ。
俺の隣からリッカもそれを見つけて、俺と同じように、くすっと笑った。




