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もしも地球の支配者が猫だったら  作者: しいな ここみ
第一部 人間 vs 猫

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お返しのごちそう

 目を覚ますと、もう夕方だった。


 膝の上でマオが眠っているかと思ったが、いなかった。あれは夢だったか……俺は一人で眠っていた。なんだか寂しい気がした。


 人間も猫も、まだほとんどの者が眠っている。海崎さんは起きてどこかへ行ったのか、姿がなかった。


『みっちゃん様、おはようやの』

『ミチタカくん、おはよう。よく寝ていたねぇ』


 さる……山田先輩とミオがなんだかやたらと仲良くなっていた。ミオは抱かれながら先輩の顎に頭をなすりつけている。


 猫本さんはまだぐっすり眠っていた。白い子猫を膝に乗せて、ブナの木のたもとにもたれていた。


 マオはと探すと、仰向けで眠っているマコトさんの胸の谷間でとろけていた。なんだか羨ましい気がした。


 隊長は起きていて、しかしあぐらを組んでボーッとしている。自分が何をしているのかよくわかってないような顔だ。


 俺は立ち上がると、マオを起こしに行った。

 けっしてマコトさんの胸が目当てじゃないぞ。マオを起こすためだ。


「マオ、マオ」

 マオの背中を揺らすと、マコトさんの胸も盛大に揺れた。

「マオ、起きろ。俺たちといっぱい遊ぶんだろ」


 ぷるん、ぷるん……。俺がマオの背中を揺するたび、マコトさんの胸が、波打つように揺れた。うふ、うふふ……。


「この不埒者!」

 マコトさんの平手が飛んできた。


「ちっ……、ちが……!」

 有無を言わされず俺は3メートル吹っ飛ばされた。

「誤解です、マコトさん! 俺はただ、マオを起こしてやろうと……」


「あっ……。マオにゃん♡」

 自分の胸の上でとろけたように眠っているマオを確認すると、マコトさんの表情もとろけた。

「あたしの胸の上で眠ってくれてたんだ〜? なんか嬉しくなっちゃう」


 マコトさんが頭を撫でてもマオは起きなかった。完全に無防備な表情で、液体みたいになっている。


「あ、そうだ。ミチタカくん」

 マコトさんが言った。

「メロンをたくさんごちそうになったお返しに、今度はあたしたちが猫にごちそうする番よね」



((≡゜♀゜≡)) ((≡゜♀゜≡))



 猫は魚が大好きだということは、マオからもミオからも聞いていた。

 ただ、海の魚のみならず、川の魚までいつも生でそのまま食べているそうで、それを聞いたマコトさんが、塩水で消毒されていない、寄生虫がついてるかもしれない魚を食べさせることをよしとせず、また是非自慢の料理も食べてもらいたいと言い出し、ごちそうをしようということになっていたのだ。


 料理は予め作って持って来ていた。


 車に積んだそれを、俺が取りに行かされた。


「わっ! 美味しそう」

 大きな保存容器に入ったそれを見たリッカが、声をあげた。

「これ、なんて料理ですか?」


「……あんた、こんなものも知らないの?」

 見下した表情で、マコトさんが教えた。

「ニジマスの南蛮漬けよ。これなら保存が効くし、冷たいまま食べられるし、ちょうどいいと思ったの」


 大昔はこれをアジを使って作るのが定番だったらしい。しかし現代では海は猫に占領されていて、俺たち人間が食べるのはもっぱら湖の魚だ。山には人間が出るという噂が広まっているらしく、猫は怖がって湖には近づかないのがふつうなのだ。


 猫と友好を結べたら、海の魚がしょっちゅう食べられるようになるんだろうか。


 こんなふうに、人間の生活にとっても、いいことばっかりなんじゃないかな。


「ちょっとミチタカくん、手伝ってよ。ほら、あんたも」


 マコトさんが俺とリッカをこき使ってくれた。

 こういう時いつもこき使われるのは俺とユカイだが、ユカイはメロンの食いすぎで動けないそうだ。


 持って来た紙皿に、ニジマスの南蛮漬けを3人で盛りつけた。

 油でサクッと揚がったニジマスに、野菜の入ったあんをみんなでかけていく。

 

 これはうまそうだ。


 猫たちも喜んでくれるに違いない。


 猫たちは遠巻きにこちらを窺っていた。

 警戒している様子はまったく見られない。どうやらいい匂いがするのを感じて、みんなでよだれを垂らしているようだ。


 猫たちの声が聞こえてきた。


『ごはんかにゃ』

『よい匂いがする』

『いつでも来い』

『ごはん来い』


『できたわよー!』

 マコトさんが猫語翻訳機をつけ、大声で猫たちに呼びかけた。

『みなさん、召し上がれー!』


 遠巻きに見守っていた猫たちが、大群で駆け寄って来た。


 猫は足音を立てないものと思っていたが、興奮しているのか、凄い足音だ。


 紙皿に盛ったニジマスの南蛮漬けを前に立ち止まると、猫たちが皆、一斉に、食いつこうとして、『うっ!?』と動きを止めた。


『どうしたの? 召し上がれ』

 マコトさんが不思議がる。

『へんなものなんて入ってないわよ? 衣をつけて油で揚げちゃったのがいけなかったのかな? ……でも、川魚は火を通さないと寄生虫がいるの! こうしたほうが絶対、いいのよう』


 猫たちはニジマスの南蛮漬けをじっと見つめている。


 やがてそのうちの一匹が、震え上がりながら、大声をあげた。


『ね……、ねこ殺しイー!』


 それを合図に、猫たちがみんな、戦慄したように後ずさると、勢いよく逃げ出した。


『ど……、どうしたの!?』

 マコトさんの顔がショックを受けたように青ざめた。

『何……? 何がいけなかったの!?』


『あっ。まこにゃん、これはいけない』

 逃げずにニジマスの南蛮漬けを前にしてかたまっていたマオが、教えてくれた。

『タマネギを猫が食べたら、うんちが止まらなくなるほど苦しむにゃ』


『ええっ!?』

 マコトさんが泣きそうになった。

『し……、知らなかったの! 猫にタマネギは毒なの!?』


『っていうかふつう、生き物はネギ食わないにゃ。それを食えるあなた様方は……何者?』


 リッカも呆然となっていた。その耳元で、俺は言った。


「リッカ……。マコトさんに教えてあげなよ、そういうことは……」


「私も知らなかったのよ。ママがタマネギなんて食べるわけないし……」


 そうか。虎の食生活にタマネギないもんな。



 慌ててマコトさんは作り直した。

 野菜入りの餡を綺麗に洗い落とし、結局油で揚げただけのニジマスになったそれをお皿に盛り直すのを、俺とリッカも手伝った。


 マオとビキが猫たちを呼び戻してくれた。


『うみゃい!』

『うまいにゃ』

『あぐ、あぐ……うまい』


 みんな今度は喜んで食べてくれた。機嫌を直してくれたようだ。

 よかった、根に持たない性格の猫ばっかりで。

 っていうか、猫は基本的に根に持たない性格なのかもしれないと思った。






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― 新着の感想 ―
危ない危ない。 危うく阿鼻叫喚の地獄絵図、ゲリダ豪雨が襲来するところだったぜ。
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