人間こわい(ビキ視点)
(時間が少し戻ります)
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なんてことだ! オレらのメロン畑が……人間に食い荒らされている!
っていうか正しく言うと、マオが案内して人間に荒らさせてやがる!
「さあ、どうぞ! メロン食うにゃん!」
マオがそう言うと、人間たちが狂った目をしてブナの木の根元に次々と突進していった。
恐ろしくて、しかしマオのことを守りたくて、マオの前に立ち塞がったまま、オレはブルブル震えてた。ミオはマオの背中にくっついてガクガク震えてる。
一体どうしてこんなことになった?
『ビキさま……、あたいは恐ろしくて目が開かないやの』
マオの後ろから、ミオが言った。
『あたいの代わりに、恐ろしいものを、とくと御覧くださいませ』
見ているとも。
ああ、おおきな目を血走らせて、ションベン漏らしそうになりながら、目は離さないとも。オレがマオを守るんだからな!
『ビキにゃん、邪魔にゃ!』
ぱしっ!とマオに後ろから猫パンチを食らって、あっ!とオレは横へよろめいた。
『ぼくにゃんも食うにゃんビキにゃんも食えだにゃん! ミオにゃん一緒に食うにゃんにゃん!』
そう言いながらマオは信じられんことに、人間どもと仲良くメロンを食いはじめた!
『おお……おおお……』
ミオがオレの背中にくっついて、恐怖にへんな声を出しはじめた。
『おお……え……。えへ、えへへへやの……。マオちゃまが……食われてまうやの。ビキ様、お助け』
任せろ。
オレは男だ。
人間もマオも、好奇心に釣られて集まってきた猫たちも、無心でメロンを引っこ抜いていた。
オレは人間から距離を取りながら、マオから目を離さずに立っていた。
しかしマオが人間と並んで座っているので近づくことができない。し……、仕方ないだろ! 怖いんだからよ!
人間がマオに何かしようとしたら体が勝手に動くから、それに任せた。オレの体にはマオが危険に陥ると自分の命も省みずに突っ込む自動鉄砲玉装置がついている。
マオは人間と並んで座り、ずっとメロンを食っている。
「おいしいね、みっちゃん!」
「ああ……って、口の周りが緑色だぞ、マオ」
人間語なので二人が何を話しているのかはわからないが、仲良さそうなことはわかった。……いや、なんで人間と仲良くしてんだ、マオ!?
人間は聞いていたよりは物凄い姿はしていなかったが、明らかにおかしい生き物だ。なんで毛が頭のてっぺんにだけ生えてんだ? なんで下半身まで服を着てやがるんだ? 異様だ!
わけがわからなすぎて目がクラクラしてきた。
足元がふらつき、オレはよろよろと、後ろへよろけちまった。
ドンッ!
背中が何かにぶつかった。何か柔らかくておおきなものだ。
振り向いてみると、鳥の巣みたいな頭した人間の背中があった。一心不乱にメロンにむしゃぶりついている。
『す……、すみません』
オレはぶつかったことを謝った。
するとその人間は背中を向けたまま、片手を上げて、猫語で喋った。
『気にすんな。俺は今、最高に機嫌がいい』
じっとその人間の後ろ姿を観察した。
隙だらけだ。
今なら簡単に猫キックをその首の後ろに叩き込んで、倒せてしまいそうだった。
だが、やめた。
猫の世界のルールだ。常識だ。食事中の生き物には危害を加えてはならない。たとえネズミやスズメを見つけても、そいつが食事中だったら襲わないのが猫というものだ。
相手が食事中の時は、こちらも何か他のものを食う。
それが猫としてのマナーなのだ。
『メロン……、お好きなんですか』
オレは人間に聞いてみた。
『とても美味しそうに……どころか、愛おしそうに食べてらっしゃいますけど……』
すると人間が振り向いた。
ドキッとするような無邪気な笑顔だった。
『おうよ! 俺はメロンを食うために生きてるんだ』
とてもいい笑顔で、その人間は語った。
『猫の世界って最高だな! 一瞬で好きになっちまったぜ! ほら、猫くんもメロン、一緒に食おうぜ!』
彼が2つに割ったメロンの片方をオレに差し出してきた。
受け取ると、すぐにオレは、その断面を舐めた。
ペロッ!
『いいね! いい舐めっぷりだ』
人間が褒めてくれた。
『同じ盃のメロンを食えば、俺たち今から兄弟だぜ』
『きょ……、兄弟……』
まさか人間の兄弟になれるとは思ってもいなかった。
『オレをあなたの兄弟にしていただけるのですか?』
恐れと畏敬の念は裏表。オレは人間をブルブル恐れながら、じつは憧れを抱いていたのかもしれねぇ……。彼からそう言われたのが嬉しかった。妖怪の総大将とお近づきになれたような気持ちだった。
人間様が言った。
『俺の名は花井ユカイ! おまえは何てんだ?』
『ビ……、ビキと申します!』
『よし、ビキ! おまえは今日から俺の弟だ! 乾杯すんぞ!』
『か……、かんぱい?』
『こうやって、メロンとメロンを軽くぶつけ合うんだ』
『こ……、こうですか?』
『かんぱーい!』
『か、かんぱーい』
『ハハハ! これからよろしくな、ビキ』
『はっ……、はいっ! オレ、あなたの舎弟にならしていただきます! えっと……ハナユカ様!』
わぁい……。
わぁい! オレ、なんだか新しい世界に目覚めちまった。
恥も恐れも捨てて、張り切ってメロンにむしゃぶりつくと、ハナユカ様がまた語りはじめた。
『メロンって最高だよな? 牛肉のうまみとキュウリの瑞々しさ、そしてサトウキビの甘さを兼ね備えていて、しかも栄養満点だ。メロンさえあれば人間は生きていけるのだと俺は思っている』
オレはびっくりした。
オレが考えていたことと、まったく同じことが、人間様の口から飛び出したからだ。
『はいっ! うんっ! メロンは世界一、最高の食べ物ですよ!』
ウンウンうなずきながら、オレも語った。
『猫はふつう、魚やネズミよりはメロンを好きじゃない。……でも、オレにとってはメロンは世界一好きな食べ物なんです! 同じ考えの生き物に出会えて嬉しいっす!』
『おまえ、いいやつだな!』
『あなたこそ! オレ、人間を見直しましたよ!』
ハナユカさんがオレの背中を気持ちよく撫でてくれた。オレもハナユカさんの腕に頭をなすりつけてあげた。
ふと見ると、少し遠くからマオが、凄く嬉しそうな顔でオレたちを見ていた。