表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも地球の支配者が猫だったら  作者: しいな ここみ
第一部 人間 vs 猫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/129

コユキ(猫本つよし視点)

 メロンを好きなだけ食べたらみんな寝てしまった。


 これはどうしたことなのか……。隊長や海崎くんさえも、みんなに混じって平和にグーグーだ。やはりあのメロンには睡眠薬のようなものが仕込まれていたのか?


 しかし解せぬ。


 猫たちも同じようにクークー寝てやがるのだ 。


 人間も猫も、ブナの木にもたれたり草の上にゴロンとなったりして、仲良くみんなでお昼寝中だ。


 我々に何かするための罠だとしたら、なぜ猫どもも寝てしまったのだ!?


 寝ていないのは拙者だけであった。やはり食べなくて正解であったか。忍者の末裔として、食べてはいけないと、この体に流れる密偵の血が告げていた。ご先祖様、ありがとう。


 しかしどうすればいいんだ、これ。


 拙者だけが起きている。


 全員が眠っている中で一人だけ起きているというのは、これほどまでに気まずいものであったか……。


 なんか仲間外れだ。


 ちくしょう拙者もやっぱりメロン……、食べれば良かったかな。


 あっ、ちくしょう。マオ・ウがマコトちゃんの胸の上に乗って眠ってやがる! いいな……。



 ふと気がついた。


 拙者のブーツの足の甲の部分に、何かが乗っている。


 白くて小さいものが、丸くて大きな瞳を輝かせて、拙者の顔をじーっと見上げている。


 子猫だ!


 な……、なんて攻撃力だ。


 あまりのかわいさに、拙者、まったく動けないでごさる!


「みんな寝てしまいましたね」

 背後からそんな声がした。振り向くと、あのメガネをかけた白猫がいた。

「猫本さん。改めて初めまして。ボクの名前はユキタロー。こうなったら仕方ないのてどうぞよろしく」


「貴様……仲間たちに何をした?」

 銃は持っていないようだ。しかし拙者はじゅうぶんに警戒しながら、言った。

「おかしな薬をメロンに仕込んで眠らせやがったのか?」


「そんなわけないでしょう。マオをはじめ猫たちも寝ちゃったんだから」

 白猫はのんびりした口調で言った。

「美味しいものをたくさん食べたら眠くなる──猫も人間も一緒ってだけのことですよ」


「それから……これは何だ?」

 拙者は足の甲にちょこんと乗った白い子猫を指さした。

「何の秘密兵器だ? 拙者、これでは一歩も動けんぞ!」


 丸くておおきな瞳で拙者をじーっと見上げているそいつを憎らしく睨みながら、なぜか顔が笑ってしまった。

 すると子猫も笑った。にこっと人懐っこく笑うと、言った。


「ぼくの名前はコユキだよ。ユキタローの一人息子のコユキ。よろしくね、おじちゃん!」


「よ……よろしくね」

 思わずそう言ってしまってから、拙者は気づいた。

「あっ!? この子猫……! 翻訳機をつけていないのに……!?」


「そうなんです」

 ユキタローとかいう白猫が、うなずいた。

「ボクの息子のコユキは、翻訳機なしで人間語が喋れます」





 ユキタローとかいう白猫は、コユキを残して去って行った。

 コユキはずっと拙者のブーツの足の甲に乗っていた。お座りしている。じっと見上げている。


 おそるおそる聞いてみた。

「なぜ……そこを離れんのだ?」


 すぐに答えが帰ってきた。

「だっておじちゃんのここ、居心地がいいんだもん」


 そう言ってコユキはまたにっこりと笑った。


 だまされんぞ。ほだされんぞ。


 やっぱりコイツはユキタローの作った秘密兵器に違いない。あどけない瞳と短い手足で人間の心に尊さを植えつけ……いや恐怖を植えつけ、金縛りにかけ、動けなくしてしまうという……恐ろしい秘密兵器だ。


「ねえ、おじちゃん」

 秘密兵器が言った。

「ぼくもメロン、食べたいな」

 やたらとかわいい口の動きで、言った。

「一緒に食べようよ」

 そして、拙者のズボンをよじ登り、顔のすぐ近くまで顔を寄せてきた。

「そんでもって、一緒に寝よ」

 にぱっと、笑った。


 拙者は、落ちた。





 拙者がコユキのためにブナの根元からメロンを引き抜いてやると、コユキはたどたどしい動きで四肢を広げて喜んだ。


「わーい! メロンだあ」


 メロンに飛びついたコユキが、丸いそれの上に乗った。コロンとメロンが転がるのと一緒に転がった。ぽてっと上から落ち、ピンク色のお腹を見せた。


 なんだ。


 なんなのだ……、この無邪気な生き物は。


 拙者はナイフでメロンを2つに割り、1つをコユキの前に置いた。コユキは元気に興奮したようにしっぽをピーンと立てて、皮のどんぶりに入ったメロンにむしゃぶりついた。


「あんうう……、うにゃうにゃ……、にゃううう……! うふふ、おいしいね!」


 こんなに美味しそうに食べものにむしゃぶりつく生き物は、久しぶりに見た気がする。

 幼い子供の頃、拙者もこんなふうに、そういえば産まれて初めて食べるメロンを、夢中で食べた。




 メロンを食べ終わると、確かに自然と眠たくなった。美味しいものをお腹いっぱい食べたら眠くなる──そんな当たり前のことも、いつの間にか忘れてしまっていた。


 ブナの幹によりかかって座ると、コユキが寄ってきた。


「おじちゃんのお胸で寝たい!」

 必死で拙者の胸の上に登ってきた。

「おじちゃんのそこ、気持ちよさそう!」




 拙者は罠にはまったかもしれない。

 猫の洗脳に、みんなと同じように、かかってしまったかもしれない。

 それでもいいと思っていた。こんな幸せな気持ちになれる洗脳なら、大歓迎だ。どうしても緩んでしまう目元をなるように下がらせながら、すぐ顎の下に頭をなすりつけてくるコユキの背中を撫でると、心が穏やかになった。


 コユキが何やらゴロゴロと、喉を鳴らしているような、鼻から甘え声を出すような、そんな音を立てはじめた。


「ところでコユキ……」

 拙者は、聞いた。

「なぜおまえは翻訳機なしで人間の言葉が話せるんだ?」


「ぼく、天才だから!」


「そうか……」


 どうでもいい気がした。


 ただコユキと会話できることが、天から貰った奇跡のように思えて、温かいその背中をずっと撫でているうちに、何もかもがどうでもよくなって、拙者もその場のみんなと同じように、いつの間にか夢の世界へ落ちていった。


 とても幸せな、夢の世界へ──






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ああ、人類がひとりふたりと堕ちていく…………。 よく考えてみたら、今現在でもネコに支配されているタイプの人間は普通にいるなあ。 そう思えば、この状況は今より健全な共存なのかも知れない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ