コユキ(猫本つよし視点)
メロンを好きなだけ食べたらみんな寝てしまった。
これはどうしたことなのか……。隊長や海崎くんさえも、みんなに混じって平和にグーグーだ。やはりあのメロンには睡眠薬のようなものが仕込まれていたのか?
しかし解せぬ。
猫たちも同じようにクークー寝てやがるのだ 。
人間も猫も、ブナの木にもたれたり草の上にゴロンとなったりして、仲良くみんなでお昼寝中だ。
我々に何かするための罠だとしたら、なぜ猫どもも寝てしまったのだ!?
寝ていないのは拙者だけであった。やはり食べなくて正解であったか。忍者の末裔として、食べてはいけないと、この体に流れる密偵の血が告げていた。ご先祖様、ありがとう。
しかしどうすればいいんだ、これ。
拙者だけが起きている。
全員が眠っている中で一人だけ起きているというのは、これほどまでに気まずいものであったか……。
なんか仲間外れだ。
ちくしょう拙者もやっぱりメロン……、食べれば良かったかな。
あっ、ちくしょう。マオ・ウがマコトちゃんの胸の上に乗って眠ってやがる! いいな……。
ふと気がついた。
拙者のブーツの足の甲の部分に、何かが乗っている。
白くて小さいものが、丸くて大きな瞳を輝かせて、拙者の顔をじーっと見上げている。
子猫だ!
な……、なんて攻撃力だ。
あまりのかわいさに、拙者、まったく動けないでごさる!
「みんな寝てしまいましたね」
背後からそんな声がした。振り向くと、あのメガネをかけた白猫がいた。
「猫本さん。改めて初めまして。ボクの名前はユキタロー。こうなったら仕方ないのてどうぞよろしく」
「貴様……仲間たちに何をした?」
銃は持っていないようだ。しかし拙者はじゅうぶんに警戒しながら、言った。
「おかしな薬をメロンに仕込んで眠らせやがったのか?」
「そんなわけないでしょう。マオをはじめ猫たちも寝ちゃったんだから」
白猫はのんびりした口調で言った。
「美味しいものをたくさん食べたら眠くなる──猫も人間も一緒ってだけのことですよ」
「それから……これは何だ?」
拙者は足の甲にちょこんと乗った白い子猫を指さした。
「何の秘密兵器だ? 拙者、これでは一歩も動けんぞ!」
丸くておおきな瞳で拙者をじーっと見上げているそいつを憎らしく睨みながら、なぜか顔が笑ってしまった。
すると子猫も笑った。にこっと人懐っこく笑うと、言った。
「ぼくの名前はコユキだよ。ユキタローの一人息子のコユキ。よろしくね、おじちゃん!」
「よ……よろしくね」
思わずそう言ってしまってから、拙者は気づいた。
「あっ!? この子猫……! 翻訳機をつけていないのに……!?」
「そうなんです」
ユキタローとかいう白猫が、うなずいた。
「ボクの息子のコユキは、翻訳機なしで人間語が喋れます」
ユキタローとかいう白猫は、コユキを残して去って行った。
コユキはずっと拙者のブーツの足の甲に乗っていた。お座りしている。じっと見上げている。
おそるおそる聞いてみた。
「なぜ……そこを離れんのだ?」
すぐに答えが帰ってきた。
「だっておじちゃんのここ、居心地がいいんだもん」
そう言ってコユキはまたにっこりと笑った。
騙されんぞ。絆されんぞ。
やっぱりコイツはユキタローの作った秘密兵器に違いない。あどけない瞳と短い手足で人間の心に尊さを植えつけ……いや恐怖を植えつけ、金縛りにかけ、動けなくしてしまうという……恐ろしい秘密兵器だ。
「ねえ、おじちゃん」
秘密兵器が言った。
「ぼくもメロン、食べたいな」
やたらとかわいい口の動きで、言った。
「一緒に食べようよ」
そして、拙者のズボンをよじ登り、顔のすぐ近くまで顔を寄せてきた。
「そんでもって、一緒に寝よ」
にぱっと、笑った。
拙者は、落ちた。
拙者がコユキのためにブナの根元からメロンを引き抜いてやると、コユキはたどたどしい動きで四肢を広げて喜んだ。
「わーい! メロンだあ」
メロンに飛びついたコユキが、丸いそれの上に乗った。コロンとメロンが転がるのと一緒に転がった。ぽてっと上から落ち、ピンク色のお腹を見せた。
なんだ。
なんなのだ……、この無邪気な生き物は。
拙者はナイフでメロンを2つに割り、1つをコユキの前に置いた。コユキは元気に興奮したようにしっぽをピーンと立てて、皮のどんぶりに入ったメロンにむしゃぶりついた。
「あんうう……、うにゃうにゃ……、にゃううう……! うふふ、おいしいね!」
こんなに美味しそうに食べものにむしゃぶりつく生き物は、久しぶりに見た気がする。
幼い子供の頃、拙者もこんなふうに、そういえば産まれて初めて食べるメロンを、夢中で食べた。
メロンを食べ終わると、確かに自然と眠たくなった。美味しいものをお腹いっぱい食べたら眠くなる──そんな当たり前のことも、いつの間にか忘れてしまっていた。
ブナの幹によりかかって座ると、コユキが寄ってきた。
「おじちゃんのお胸で寝たい!」
必死で拙者の胸の上に登ってきた。
「おじちゃんのそこ、気持ちよさそう!」
拙者は罠にはまったかもしれない。
猫の洗脳に、みんなと同じように、かかってしまったかもしれない。
それでもいいと思っていた。こんな幸せな気持ちになれる洗脳なら、大歓迎だ。どうしても緩んでしまう目元をなるように下がらせながら、すぐ顎の下に頭をなすりつけてくるコユキの背中を撫でると、心が穏やかになった。
コユキが何やらゴロゴロと、喉を鳴らしているような、鼻から甘え声を出すような、そんな音を立てはじめた。
「ところでコユキ……」
拙者は、聞いた。
「なぜおまえは翻訳機なしで人間の言葉が話せるんだ?」
「ぼく、天才だから!」
「そうか……」
どうでもいい気がした。
ただコユキと会話できることが、天から貰った奇跡のように思えて、温かいその背中をずっと撫でているうちに、何もかもがどうでもよくなって、拙者もその場のみんなと同じように、いつの間にか夢の世界へ落ちていった。
とても幸せな、夢の世界へ──




