メロン畑
「時間はたっぷりあるんです」
俺は猫たちから離れた場所で、隊長と海崎さんを説得した。
「猫の町を見学しましょう。事を起こすのはそれからでも……」
「何を言っとるんだ、ミチタカ!」
隊長の口から怪獣みたいな声が飛び出した。
「なぜ、そんなことをする必要がある! 好機を逃してはならん! 轟隊員を猫から引き離せ!」
「マコトちゃんはなぜ猫と仲良くしてるんだ?」
海崎さんが訝しむように言った。
「もしや……猫にへんなガスを嗅がされて、洗脳されているのか? マコトさんや君だけでなく、もしかして……みんな?」
ユカイが横から話を変えた。
「猫の町にはメロン畑があるらしいんッスよー」
「なっ……、何っ!?」
隊長の表情が驚きに変わった。
「メッ……メロンの畑だとっ!?」
口からはよだれが垂れた。ユカイを連れて来ておいてよかった。
「そんなものは一匹残らず猫を駆除してから見に行けばいい」
海崎さんは頑なだった。
「見学なんてする意味がわからない。すぐにマオ・ウを殺しましょう。猫の世界の支配者がすぐ目の前にいるんだ」
「海崎さんも見たでしょう?」
俺は用意しておいた台詞を口にした。
「あの、猫の作った翻訳機……。物凄く高度だと、僕ごときの目にもわかります。あれの仕組みを知りたくないですか?」
海崎さんが黙った。
「マコトさんもとても興味をもってるんです。猫の科学技術を盗んで、自分のものにしたがってるんです」
「なるほど……、それで……」
海崎さんがうなずいた。
「おかしいと思ったが、それで納得できる。確かにあの翻訳機はとても高度な技術によって作られている。仕組みを猫に吐かせてから虐殺したほうが、確かに得が多いな。なるほど、そのための『見学』か……」
あの海崎さんを俺ごときがうまく騙せてしまったようだった。
「は……、早くメロン畑を見に行こうぜ!」
目を血走らせながらユカイが言った。
「俺はもう一秒だって我慢できねえ!」
「うっ……ウム! 私も珍しく花井ユカイ隊員に賛成だ」
隊長の目も血走っていた。
「まずはメロンを腹一杯食おう! 計画実行はそれからだ!」
よかった。なんとか隊長たちを思い止まらせた。
メロンをたらふく食べて、笑顔になって、そして猫たちとたくさん触れ合ってもらおう。
人間が今まで猫を敵視していたのは、猫を知らなかったからなんだ。
きっと隊長も海崎さんも、猫のことを知ったら大好きになってくれるさ!
(=^・^=) (=^・^=) (=^・^=)
メロン畑はマオが言った通り、確かに存在した。
しかしそれは思っていたのとは違っていた。
畑というより、それは林だった。ブナが無数に自生して林を作っており、その根元にそこかしこで、緑色のツタが地面から覗き、そこにメロンが埋まっていることを教えているのだった。
そしてそのブナ林は、隅から隅まで歩き回ったら一日はかかるんじゃないかと思うほどに、広大だったのだ。
「「め……、メロンだ……!」」
目の色の変わった隊長とユカイが声を揃えた。
「「メロンだー! メロンがこんなにいっぱい……! よし、奪え!」」
「待ちなさい、二人とも」
そう言って隊長を叱りつけたのはマコトさんだった。
「私達は泥棒じゃないんです。人間として、きちんと礼儀正しく、猫さんたちに断ってから頂くべきではないでしょうか?」
お母さんに叱られたようにシュンとなると、隊長は咳払いをしてから、すぐ隣でワクワクした顔をして立っているマオに聞いた。
「コホン……。猫よ、ここのメロンを少しばかり頂いても……いいかな?」
「もちろんにゃ!」
マオがばんざいのように両手を広げて、言った。
「人間様もメロンが好きだにゃんて知らなかったにゃ! 人間はてっきり山のオンゴロギャ様を捕らえて空気のように食べてるものだと思ったにゃ!」
「オンゴロギャ?」
思わず俺は聞いた。
「オンゴロギャ様を知らないかにゃ? ぷくぷく太って、恐ろしい顔をした、妖怪様にゃ」
「そんなものを俺たちが主食にしてると思ってたの?」
「でも、違ったってわかったにゃ」
マオはその場で嬉しそうに3回跳ね回ると、ブナの根元のメロンを、5本の指全部で差し示した。
「さあ! 好きなだけ食うにゃん!」
「「「「「「いっただきまーす!」」」」」」
一人を除くみんなが声を揃えた。駆け出した。この世にこんな楽しいことがあったのかというように、それぞれに動きを弾ませて、緑色のツタを引っ張った。
ぽん!
ぽん!
あっちでもこっちでも、地中からメロンを引き抜く音がした。
「わあ!」
ユカイが泣きながら、感動の声をあげた。
「め……、メロンだあ〜〜〜!」
「しかもすっごく……でっかい!」
マコトさんもはしゃいでる。
「こんな大きなメロン、東京にあるスペシャルメロン畑でも見たことないわ!」
「これは……味も……なかなかワイルドで……イケるねえ!」
さる……山田先輩はもうかぶりついて口の周りを緑色にしていた。
「たまらない味だっ! おっぱいもこんな味かと思わせるほどの……っ!」
「ウウーム……」
隊長は少し悔しそうに、しかし満面の笑みを湛えながら、メロンを咀嚼していた。
「ウ、ウーム……。ウムウーム……うまい」
「原種ではないようだ」
海崎さんがしげしげと、割ったメロンの断面を観察している。
「こんなに大きくて、甘くて、しかも種が少なくて食べやすい……。猫がこんなものを作ったのか……」
「美味しいね、マオ」
リッカは猫たちと並んで地面に座り、ニコニコしながらメロンにかぶりついていた。
「この間ミチタカと一緒に食べたアスパラガスも美味しかったけど、これはもっと美味しい!」
「好きなだけ食うにゃん!」
マオもニコニコだ。
「同じものが好きな動物同士だったってわかって、ぼくにゃん、嬉しいだにゃん!」
一人だけメロンを食べずに俺たちの様子を眺めている猫本さんに、俺は聞いた。
「猫本さんは食べないんですか? 美味しいですよ」
「僕は……いいよ」
そう言いながら猫本さんは口の中に唾が溢れて仕方がなさそうだ。
メロンが嫌いなわけではなさそうだ。っていうかメロンが嫌いな人間なんているのか? それならなぜ食べないんだろう?
「ご先祖の教えだ」
猫本さんはとても食べたそうにしながら、言った。
「忍者たるもの、迂闊に敵の差し出すものを口にすべからず」




