同盟Ⅳ(猫本つよし視点)
それがしの名は猫本つよし。忍者の末裔でござる。
……なんて、カッコつけられるほど見た目がカッコよくはない。ちっちゃくて、猫背で、36歳の年齢よりもしょぼくれてる。
最近、元々無口な僕は一層無口になっていた。
基地の屋根を修繕しながら、僕はあのメガネをかけた猫のことを考えていた。
あいつは言った。『猫は人間よりも遥かに高い科学力をもっている』と。
信じられないことだ。猫というのは言葉を喋ることと簡単な道具を使うことを除けば、ただの動物だ。それが科学力をもっているなんてことは、ありえない。
でも、あの『人間語翻訳機』……。あれはマコトちゃんの開発したものより遥かに進んだものだった。あれを開発したのは、誰だ?
僕らはあまりに猫のことを知らなすぎたのかもしれない。
「猫本さーん」
下から誰かが声をかけてきた。
見るとミチタカくんが手を振ってる。僕は無言でにっこりして手を振り返した。
「相談があるんですけど。ちょっと降りて来れませんかー?」
「え? どういう相談?」
僕が聞くと、ミチタカくんは、今ちょうど興味のあることを言った。
「猫の科学力についてのことです」
彼について行って、びっくりした。
茂みをかき分けて道のないところへ案内されると、そこに山田副隊長と、ユカイくんと、見知らぬ女の子──そして、顔のデカいオレンジ色の猫がいたのだ。
「これは一体──何事?」
僕が思わずそう言うと、見知らぬ女の子がぺこりと頭を下げた。
「初めまして、猫本さん。私、橘リッカといいます。今、ここにいる私たちは、猫との友好をめざして集まりました」
意味がわからず山田副隊長の顔を見ると、気持ち悪い笑顔を浮かべて、言った。
「猫、かわいいよ?」
ユカイくんのほうを見ると、なんだかクスリでも打たれているように、よだれを垂らしながら呟いている。
「メロン……メロン……」
「彼らに何をした……!?」
見知らぬ女の子に僕は言った。
「君は……何者だ? 何を企んでいる!?」
あのメガネ猫の顔がまた頭に浮かんだ。
アイツがあの妙な科学力を使って、ミチタカくんたちを洗脳してしまったのかもしれない。
この見知らぬ女性はほんとうに人間か? 猫の兵器──洗脳用ヒト型ロボットとかじゃないのか?
「猫本さん」
ミチタカくんが猫を抱き上げた。
「聞いてあげてください。……ほら、マオ」
「この間は檻に閉じ込めてごめんなさい」
猫はそう言うと、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「僕にゃんたち猫も、人間さまのことをあまりに知らなすぎて、怖かったんだにゃん。お互いさまですのでそこはご理解を……にゃん」
喋った!
コイツも流暢に、人間の言葉を喋った!
見れば確かにあのメガネ猫がつけていたヘッドセットのような機械を頭につけている。
「猫本さん」
ミチタカくんがまた言う。
「この猫ちゃんの言う通り、僕らは互いを知らなすぎたんです。猫本さんの言った通り、高度な科学力がなければ作り得ない『人間語翻訳機』もこの通り実在しました」
「猫本くん」
山田副隊長が話を継いだ。
「山原隊長に猫の町に赴いてもらい、猫との会談をしていただくよう、我々は計画している。和平条約を結ぶのだ。しかしあの頑固な隊長がそうそう我々の言うことを聞いてくれるとは思えない。君も隊長を説得するのに協力してくれないか?」
「猫本さん」
ユカイくんがさらに話を引き継いだ。
「メロン、食べたくないッスか?」
「私は人間と猫のあいだに位置する者です」
橘リッカが言った。
「猫と人間の首脳会談を希望します。どうか、NKUの隊長さんを、猫の町にお招きすることはできないでしょうか?」
僕は考えた。
これはチャンスかもしれない。
首脳会談に応じるフリをして、猫の町に入り込み、内側から猫を壊滅させるんだ。
それに、猫の科学力に対する興味もあった。ほんとうに猫のそれが人間を上回るものなら、それを奪い、人間のものとして使えば、人間は地球の支配者に返り咲けるかもしれない。
僕は答えた。
「なるほど……。いいけど、僕は隊長から信頼されていないダメ隊員だ。隊長を説得するには、信頼されている隊員をまず味方につける必要がある」
「それが難しそうなんで、とりあえず数を揃えたいんです」
ミチタカくんが言う。
「隊長から信頼されてるのはただ二人だけです。マコトさん、海崎さん……。でも、この二人は猫の絶滅に意思を固くしています。隊長に付き従ってるだけの僕らと違って、自分の強い信念みたいなものがある」
「うん」
ミチタカくんの言う通りだ。あの二人は猫を絶滅させることしか考えていない、つまりは僕の同志だ。そんなことは口に出さず、僕は言った。
「仲間に引き入れることを狙うとしたら……、その二人なら、まずはマコトちゃんかな?」
「僕らもそう思っていたところです」
ミチタカくんが嬉しそうにうなずいた。
「彼女は女性です。女性は情が深く、どれだけ見た目がキツく見えても、内には優しさを秘めているものだと聞きます。一緒にマコトさんを説得してくれますか?」
「そうだね」
僕はうなずいた。
「マコトちゃんは科学技術者でもある。猫の発明品にも興味をもつはずだ」
彼女は僕の同志だ。
きっと猫がそんな高度なものを作っていると知ったら、奪い取って、研究して、猫を一日も早くこの世から消し去ってくれるかもしれない。
僕は平和を望む者のフリをして、ぺろりと舌を出して唇を舐めた。




