同盟Ⅱ(山田ジロウ視点)
うーん……困ったぞ。
困った、困った。
東京本部へ移送する途中で黒猫に逃げられてしまった。
困った、困った。
隊長にする言い訳を考えてもうすぐ丸一日経ってしまう。そろそろ異変に気づかれてしまう頃だよう。
帰りたくないなあ……。マコトちゃんに叱られてしまう。……それはそれで愉しそうだけど。
しかしあのおっぱいのない女は何だったんだ。いきなり現れて、猫語を喋って……。
そうだ! あの女が全部悪いんじゃないか!
アイツにまた会ったら服をひっぺがして、ないおっぱいをジロジロ見てやって、バカにしてやる!
ん? なんかレーダーが反応したぞ?
生体反応だ。なんかがこっちに向かって速いスピードでやってくる。
車の上から顔を出してみて、僕、それはそれはびっくりしたさ!
黄色に黒い縦縞だから……虎だ! 初めて見たけどあれは虎に違いない!
でっかい虎が、背中にあのおっぱいのない女を乗せて、こっちへ走ってくるんだ!
それに……あれれ!? ミチタカも乗ってるぞ?
ミチタカがなんかもっふりしたものを抱いてる。……あれ、猫ジャネエカ!?
「山田せんぱーい!」
僕の名前を叫びながら走ってくる。なんだこりゃ! なんだこりゃ!?
僕は慌てて車の中に隠れた。
入ってきやがった……。
ミチタカと、おっぱいのない女が、それぞれ胸に猫を抱いて……。
「おまえ……」
僕は壁に背中をぴったりくっつけて震えながら、ミチタカに聞いた。
「な、なんで猫抱いてんの?」
「さる……山田先輩!」
ミチタカがなんか真剣な顔で言ってくる。
「コイツは愛すべき猫なんですよ! 撫でてやってください!」
「バカかアホか正気か君!?」
僕は早口で答えた、首を激しくイヤイヤさせながら。
「ねねねね猫だぞ!? ゴキブリ撫でるようなもんだぞ、それ!?」
ミチタカが抱いている猫を、鳥肌を立てながら、僕は見た。顔のやたらでっかいオレンジ色の猫だ。何を考えているのかさっぱりわからない無表情をしている。き、気持ち悪い!
あのおっぱいのない女もミチタカの後ろで三色の猫を抱いている。なんか仲良さそうだ。会話してるみたい……。あそうか、アイツ猫語を喋れるんだもんな。何者なんだ? 人間の姿をしているが、猫が化けているのか?
僕はミチタカに言ってやった。
「君はまさか、人間を裏切ってるのか!? 猫と通じてるんだな!? 猫側のスパイだったのか! 軽蔑していい!?」
「山田先輩……」
ミチタカの顔がなんかイケメンだ。
「ブリキに……あのサビ猫に、逃げられたんですよね?」
「あーーーっ! そうだよ! そのおっぱいのない女のせいだ! そいつのせいだ僕のせいじゃない! どうしてくれる!? えっ!? どうしてくれるんだ!? 君!?」
そう言いながら僕はおっぱいのない女に掴みかかろうとしたけど猫を抱いてるから怖くてできなかった。
「そのことですが……」
ミチタカが言った。
「隊長にするいい言い訳を、俺、山田先輩の代わりに考えました」
「お茶でも淹れよう」
僕は紙コップを4つ出し、お茶の素を入れ、電気ケトルからお湯を注ぐと、にっこりして言った。
「聞こう」
「『猫と友好を結ぶことにしたので解放した』と言うんです」
「バカ!?」
僕は思わずお茶を手で全部なぎ倒した。
「バカなの!? 君バカ!? そんなことするわけないだろう!? そんな言い訳したらかえって隊長に殺されるわ! 僕らNKUは猫を絶滅させるための組織なんだぞ!?」
「まぁ落ち着いて。座ってくださいよ、さる……山田副隊長」
そう言われたので素直に椅子に座った。
ミチタカが「はい」と言いながら、僕の膝の上に、オレンジ色の猫を置いた。
でっかい顔で猫が僕を見上げてくる。
巨大な緑色の目玉が僕をじっと見つめた。
僕は声も出せなかった。
全身に鳥肌が立ち、背筋が凍るみたいに震え、目尻が下がってしまった。
さっきのお茶みたいに手で払おうとしたけど、なんか体が動かなかった。
「頭を撫でてみてください」と、ミチタカ。
おっぱいのない女が猫語で僕の膝の上の猫に何か言った。
猫がとっても頭を撫でてほしそうに、ウズウズと身をよじらせ、スリスリと僕の制服に頭をすりつけてきた。
はっきり言おう。
正直に言おう。
ほんとうは、撫でてみたかったんだ! じつは膝の上に乗せられた瞬間から、この頭をナデナデしてみたかったんだ! ハァハァ……!
ふわり──
指で撫でると、とても気持ちがよかった。
おっぱいを撫でるのもこんな気持ちなのだろうかと思うほど。
猫がなんかゴロゴロという音を出してる。喉のあたりから出してるようだ。
細めた目が……かわいい。
僕……、なんでこんなかわいい生き物を、敵だと思ってたんだろう?
「墜ちたね」
「さすがマオのほんわか力」
ミチタカと女がそんな会話をしているが、僕にはもうどうでもいい。
猫の頭を、喉を、背中を、しっぽのつけ根を……前脚を持って親指で肉球をぷにぷにしていると、すべてがどうでもよくなった。まるで昔、絵本で読んだ、『縁側』というところで日向ぼっこをしているような気持ちだ。
「山田副隊長! 一緒に隊長に、猫との友好策を進言してくれますか?」
ミチタカがそう言うので僕はウンウンとうなずいてやった。
よきにはからえ。叱られることなんてもう、どうでもいい。
「よし! この調子でウチの隊員を一人ずつ、猫のファンにしていこう」
「うん! ありがとう、ミチタカ」
二人がなんかイチャイチャしてるけどどーでもいい。
僕はこの猫をただずっと撫でていたい。




