同盟
俺は思わず乗っていた虎の背中から飛び降りた。
「どうしたの?」
不思議そうにそう聞くリッカが信じられなかった。
「と……、虎に両親を食べられた……って」
俺は声がひっくり返ってしまった。
「その虎にか!?」
リッカを背中に乗せたまま、虎がニカッと笑った。
「違うよ。ママは優しい虎だってば」
リッカも笑う。
「初めて会った時は怖かったけどね、確かに」
「でも……! その……それ……その、君の……ママ? は、君の両親を食べた動物と同じなんだろ? 仲間だろ?」
「虎にも色々いるのよ。同じじゃないわ」
リッカが虎の背中を、愛しそうに撫でた。
「それに、私の両親が食べられたのは自然なことよ。当たり前のことじゃない?」
平気な顔でそう言うリッカを、俺は珍しい生き物を見るように見た。やはり虎に育てられるとおかしな考え方をするようになるのだろうか?
「私、ママのことは大好きだよ。たとえ私のことを助けて、育ててくれたひとじゃなかったとしても、大好き」
そう言ってから、潤んだような目で俺を見る。
「……ミチタカにもママのこと、好きになってほしいな」
何と答えていいかわからなかったので、俺は聞いた。
「ママの名前は何ていうの?」
「サンバよ」
「サンバさん……」
俺が名前を口にすると、虎が「ハイ」と答えた。俺はギョッとした。
「人間の言葉、わかるの!?」
虎が答えた。
「チョット」
「あ……。そうだ」
俺は首からかけていた猫語翻訳機のボタンを押した。
「おはようございます。私の名前は冴木ミチタカです」
そう言ってからボタンを離すと、翻訳機が女性の声で猫語を喋る。
「イーきにー。ウルにゃん、冴木ミチタカ」
そして虎の言葉を翻訳するために反対のボタンを押す。
「ガオル、ワオル、ワキワキ、ぶじゅるー」
虎が喋ったのを翻訳しようとボタンを離す。
翻訳機が女性の声で虎の言葉を訳した。
「あんさん、えらい、うまそうでんなー」
俺はびくっとして飛び退いた。
リッカが笑ってフォローする。
「冗談よ、冗談。ママはすぐ人でも猫でも豚でもからかうから」
「っていうか、虎でも猫語を喋るんだね」
「猫の仲間だからね。訛りがキツいけど」
リッカがそう言ってから、猫語翻訳機をしげしげと見た。
「なるほどね。それを使ってマオとも会話したんだね? 凄いもの作るよね、人間って。……でも、そんなものを作ったってことは……もしかして猫との友好を考えてるってこと?」
マオの持ってた猫の作ったやつのほうがさらに凄かったんだが、俺はそれは言わず、NKUの機密情報をリッカに喋った。
「いや、これで猫語を喋ってみせて、猫が油断したところをやっつけるんだ」
「ひどい!」
リッカが引いた。
「卑怯!」
「あ、でも。俺はこれがあったからマオと仲良くなれた。ってことは、友好にも役立ってるのかな」
「でも、ほとんどの人間は、猫を絶滅させたがってるんだよね?」
「ほとんどっていうか、みんなじゃないかな。猫に平地を取られていい気分でいる人間がいるとは思えない。出生率の低下を猫のせいだと思ってる人も多いよ」
「ミチタカ」
リッカが俺の手を、両手で握った。
美しいロゼッタハエトリグサみたいな瞳で俺の目をじっと見つめてくる。
その瞳に吸い込まれそうになって思わず目をそらした俺に、リッカが言った。
「私、人間と猫の仲を取り持ちたいの。人間の両親の元に産まれて、虎のママに育てられた『あいだの子』として、人間と猫の友好を実現させたい。でも……、一人じゃなんにもできないの」
泣くように目を閉じた。長い睫毛が綺麗だった。素早く目を開けると、その可愛い口が、言った。
「力を貸してほしい……! ミチタカ! お願い!」
「うにゃっ?」と、横から突然声がした。
見ると、草を分けて、マオとミオの二匹が並んで出てきたところだった。
「ミッにゃん、リッカ、にゃんにゃんにゃん!」
そう言ってマオが大きな顔を愛想よく傾げて笑う。やっぱりコイツの顔を見るとなんだか平和になる。
「ふるやの、こしやの、やのやのやの」
ミオがそう言ってぺこりと挨拶した。この子もさすがマオのお嫁さんだ。ほのぼのする。
「マオ! ミオ! ちょうどよかった! NKU隊員のミチタカと、地球の支配者のマオがいれば、きっと猫と人間との友好への道が拓けるわ!」
リッカが喜んだ。
「イーきにー」
虎……サンバがにっこり笑って二匹に挨拶をした。
二匹は一瞬ビビったように耳を後ろのほうへ向けたが、虎に挨拶を返した。
「イーきにー」
「イーきにー」
俺もついでに自分の口で挨拶をした。
「イーキニー」
なんかちょっと発音が違ったみたいで、マオとミオからびっくりしたような顔で見られた。
「ふふ……。私たち、同盟ね」
リッカが言った。
「同盟?」
「ええ」
空を見上げて、あかるい未来を見るように、リッカが微笑んだ。
「人間と猫との明日を創るための平和同盟よ」




