リッカ
俺はマオの前で、さる……山田先輩に、腰につけていた無線機で連絡を取った。
止まってくれるかはわからないが、なんとかしたい。
あのブリキとかいう猫がマオの友達だというのなら、解剖させてはならない。
山田先輩が応答しない。
おかしいな……。自動運転だから無線には出られるはずなのに。
おしっこでもしてるのか?
何回も、何回も、呼び出した。山田先輩は出てくれない。
諦めずに呼び出し続けると、応答ボタンが押され、無線機の向こうに誰かの気配がした。
「あっ! さ……山田先輩?」
俺が言うと、無線機の向こうで返事の代わりにガサゴソという物音がした。
「山田先輩!」
俺は一方的に喋った。
「事情が変わりました! 移送中のその黒猫、今すぐ解放するようにとのことです!」
もちろん嘘だ。俺は後で隊長からこっぴどく罰を与えられるだろう。構わない。
「さる……山田先輩? 聞いてます!?」
返事があるまで俺は喋り続けた。
「これ、山田先輩の無線機ですよね? 聞こえてたら返事をお願いします!」
「誰?」
無線機から女性のか細い声が聞こえた。
「あなたは……誰?」
俺はしばらく固まった。のち、早口で言った。
「そっちこそ誰だ!? なぜ山田先輩の無線機に……。人間か? それともまさか、猫なのか?」
「私は『あいだ』」
女性の声が言った。
「だから私は猫を助けるの」
意味がわからなかった。
「ブリキを……黒猫を逃したのか?」
「逃したわ。あと、彼は黒猫じゃない。サビ猫よ」
「君は何者だ!?」
「リッカ?」
マオが人間語で言った。
「君にゃんは、もしかして、リッカ?」
「誰?」
無線機の向こうの声が言った。
「あっ!」
マオは耳と口につけていた翻訳機を取ると、猫語で言った。
「マオにゃん、にゃかにゃん、マオ・ウニャニャー」
「マオ? マオ・ウララー? イーきにー! にゅカカ、リッカるるー」
「ふーるるー、ブリキにゃん、にゃか、うにゃおにゃん?」
「マウ、ナウ、ゲロス、マオゲ、クナナ、ニャルゴルル」
猫語で会話してる……!
「ちょっといいか?」
俺はその間に割り込んだ。
「さる……山田先輩は無事なのか!?」
「猿? ……ああ、このおじさんのことね?」
リッカがまた人間語に戻る。
「大丈夫、眠らせただけよ。サビ猫を逃がすために、少し眠ってもらったの」
俺はまた聞いた。
「君は誰だ?」
「私は『あいだ』。人間と猫の友好を望む者」
リッカは言った。
「私にばかり聞いてるけど、あなたは誰?」
「俺はNKUヤマナシ支部隊員、冴木ミチタカだ」
「NKU……。ではあなたは、猫を滅ぼそうとする者なのね?」
俺は答えに詰まった。
「そのあなたが、なぜ、マオ・ウと一緒にそこにいるの?」
そう言われて膝の上のマオを見た。
急いで翻訳機を耳につけようとしているが、なかなかつかないで苦しんでいた。
人間語で俺達が会話しているので、意味がわからずもどかしがっている。
「……なんでだろう」
俺はリッカに答えた。
「なんでか、友達になっちゃって……」
「友達?」
無線機の向こうのリッカの声が明るくなった。
「マオと友達になってくれたの? わあっ」
「コイツ……、他の猫と違って、のんびりしてるから」
「可愛いよね、マオ」
急に幼い声になる。
「ミチタカ。あなたに会ってみたい。どこに行けば会える?」
「あ……」
俺もこの無線通信の相手に会ってみたかった。
「森の中にある湖……わかるかな」
「ああ……。マオが大きな魚を釣りに行くと言ってたところね?」
「そこだ! そこ! 今、そこにいる」
「今は私はそこから遠いところにいる。この車の運転のしかたもわからない」
「じゃ、明日! 明日の朝、会おうよ」
「わかったわ」
微笑むような声がした。
「明日の朝、太陽が昇る頃、そこに行く」
「俺も必ず来るよ」
「それじゃ、その時に、会いしましょう」
「うん」
「さよなら、ミチタカ」
「またね、リッカ」
無線が切れた。
ブリキは無事に逃げた。
山田先輩も起きたら車で戻って来るだろう。隊長から叱られはするだろうが、無事だ。
「ブリキにゃん、リッカが逃してくれたにゃ!」
ようやく人間語翻訳機を装着したマオが、俺を見上げて言った。
「リッカに会ったことがあるのか?」
「リッカはミっちゃんと同じ姿をした珍しい猫にゃ!」
そう言ってから考え込む。
「あれ? ミっちゃんが人間なら、リッカも人間……?」
「どんな子?」
「でっかくて、つららみたいに細くて、頭からどばーって黒い毛がいっぱい生えてる長毛種にゃ!」
そう言って、自分の頭の上から滝を流れ落ちさせるようなジェスチャーをしてみせる。
「こーんな! 長毛種にゃ!」
マオの説明からひどいバケモノを想像してしまったのを俺は頭を振って飛ばした。




