人間嫌い
俺とマオは体をくっつけ合って、仕掛けていた網を一緒に引っ張った。
「ヌシさん、かかってるかな?」
「きっといらっしゃるに違いないにゃ!」
網が上がって来た。
かかっている魚が、見えて来た。
「うお! なんだあれは!」
俺は思わず叫んだ。
百匹近くかかっている魚たちの中に、一際大きな魚が身をよじらせている。
それはまるで鯉のぼりのお父さんのように巨大な真鯉だった。
「ヌシ様にゃ!」
マオが声を上げた。
「遂にお会いできましたにゃ!」
マオがヌシ様以外の魚は逃がすというので、巨大な真鯉を抱え上げると、マオが持って来ていた台車に載せてやった。
「でかいな……」
「でかいにゃ……」
2人でそれをまじまじと見つめた。
「でも猫3万匹でも食い切れないというのは嘘だったようにゃ……」
「百匹もいれば食い切れるな」
「でも、満足にゃ。夢がかなったにゃ」
そう言ってマオが、一仕事終えた気持ちのいい汗を拭うように、鼻の頭を手でクイクイした。
「ところで……」
マオが何か言い出しにくそうに、言った。
「ところでにゃん……」
「ん? 何だ?」
「ところでミっちゃん」
「何だよ?」
「ところでんところころころ……ところでにゃんにゃん」
「何だよ? はっきり言えよ」
マオは大きく深呼吸すると、しっぽを3回パタパタと動かし、俺の顔を見上げ、またそらすと、ようやく意を決したように、言った。
「ミっちゃんは、人間なの?」
「なんだよ、今さら」
俺は即答した。
「そうだよ。まさか気づいてなかったのか?」
「珍しい猫だと思ってただにゃん」
「なんだそれ」
しばらく2人で黙り込んだ。
朝日に湖がキラキラしていた。
俺は口を開いた。
「……怖いか? 俺のこと」
「ミっちゃんは怖くないだにゃん」
マオはそう答え、俺にも聞いた。
「ボクのことは、気持ち悪いって思うにゃんかにゃん?」
「気持ち悪くないよ」
俺は嘘をついた。
「マオは気持ち悪くない」
本当は宇宙人を見るように気持ち悪かった。宇宙一かわいい宇宙人を見るように。
マオは大きな耳をぴくぴくさせ、顔に対して大きすぎる緑色の瞳でじっと見上げて来た。
「前から思ってたことがあったにゃん」
「な……、何?」
「その……」
「うん?」
「……恥ずかしいにゃ」
「言ってみろ」
マオの右手が俺に向かって伸びて来た。すぐに急いで引っ込めた。しかしまた伸びて来る。
「その……ね?」
「うん」
「ミっちゃんのお膝に、乗ってみたいにゃ!」
「俺の膝に?」
「うん。なんか、そこ、とっても居心地がよさそうな気がするにゃ」
「いいよ?」
「本当かにゃん?」
「ああ、来いよ」
「本当かにゃん?」
「いいってば」
「本当の本当かにゃん?」
「おいで」
「じゃあ……お邪魔します」
あぐらをかいて座っている俺のズボンの上に、ぽわっという感触とともに右手を乗せると、ゆっくりとマオが上がって来た。
すっぽりと俺の膝の上に収まると、そこに落ち着く。
俺は感想を言った。
「なんか……、やたらしっくり来るな、これ」
「計ったようなサイズ感だにゃん。落ち着く」
そう言うと、マオが喉をゴロゴロ鳴らし出す。
「それ……、ひとりで持って帰れるのか?」
俺は台車の上のヌシ様を見ながら、聞いた。
「あとでみんなを呼んで来るにゃ」
マオは答えた。
「とりあえず今は、ものすごくまったりした気分」
俺もだった。ずっとこうしていたい。そんな気持ちになってしまう。
「マオ……」
俺はまた聞いた。
「人間、嫌いか?」
「嫌いにゃ」
マオは即答した。
「怖いから、友達になれないにゃ」
「そうか」
捕まえた黒猫を解剖すると言った時の、マコトさんの表情が浮かんでしまった。
「ミっちゃんだけは怖くないから、友達になれたにゃ」
「マオ……」
教えないといけないと思った。
「じつは……、お前とこの前一緒にいた黒猫が昨夜、俺達の基地に忍び込んで来たんだ」
「それはいけないことにゃん」
マオはゴロゴロと喉を鳴らし続けながら、のんびり言った。
「ヒトサマのお家に勝手に上がり込むのはいけないにゃん」
「それで、な」
「ゴロゴロゴロ」
「そいつ、俺の仲間に捕まって、ひどいことをされるらしいんだ」
マオの喉のゴロゴロが止まった。
「よその土地に連れて行かれて、そこで、たぶん……」
「なんてひどいことを!」
マオが勢いよく俺の顔を見上げた。
「猫がよその土地に行くのは死ぬ時だけにゃ! なんてことを!」
「友達……なのか? あの黒猫と」
「好きじゃないけど友達だにゃん!」
俺の膝の上から飛び降りた。
「なんてひどいことを!」
「友達だったか……」
「友達にゃ!」
マオがなじるように、俺に言った。
「ブリキにゃんを助けてよ、ミっちゃん!」