約束の朝
マオは約束を守ってくれた。
猫本さんは昨日の夕方、無事に基地まで歩いて帰って来た。
そして約束の朝が来た。
目覚めると、騒がしかった。
部屋を出ると、なぜかユカイが廊下で眠っている。何をしてるんだコイツは。
騒がしいのが気になるので、顔も洗わずに作戦会議室に行ってみると、マコトさんが笑顔だった。
「ミチタカくん! 猫を捕らえたわよ!」
見ると白いテーブルの上に一匹の黒猫がはりつけにされていた。ユカイを撃った、あの猫だ!
そいつは入って来た俺を睨みつけると、唸りながら、凶悪な目をさらに目つき悪くした。
これが俺のよく知ってる猫だ。
やはりマオみたいなほのぼのとしたやつは珍しいんだな。
隊長、山田先輩、海崎さんが猫を取り囲んで話し合っている。
「猫の解剖などやったことがないぞ」
「でも面白そうですよね」
「気持ち悪いよ。どんなものが出て来るやら」
「解剖?」
俺は思わず声を上げた。
「猫を解剖するんですか? 一体、何のために?」
マコトさんが教えてくれた。
「ミチタカくん。NKU本部は青江総司令官の下、ある兵器を開発しているの」
「兵器?」
「ええ。猫だけに効く、猫だけを殺す、殺猫兵器よ。
青江様はそれを【理想兵器】と呼んでらっしゃるわ」
「初耳です!」
「でもそれを作るための生体サンプルがなかったの」
「じゃあ、コイツを……」
「本部に送り届けるわ、生きたままね。その役を今、山田副隊長にお願いしたところよ」
「うひひっ」
さる……山田先輩が嬉しそうに頭を掻いた。
どうしよう。俺は逡巡した。
この猫、もしかしたらマオの友達だったりするのだろうか?
猫本さんを解放してもらったのに、俺はコイツが解剖されに本部へ移送されるのを、黙って見ているのか?
「ミチタカくん……」
後ろにその猫本さんがいて、話しかけて来た。
「ちょっと……」
廊下に俺を連れ出すと、猫本さんが言った。
「誰も信じないんだけど、ミチタカくんは信じてくれるかな」
「えっ? 何のことです? それは聞いてみないと……」
「僕、昨日、猫に捕らわれてたろ?」
「はい」
俺は思わず顔が笑ってしまった。
猫本さんを助けたのが俺とマオだと知ってくれてるのだろうか。
「そこでな、言葉を喋る白い猫に会ったんだよ」
「えっ?」
初耳だった。
「それでさ、ソイツが僕に言ったんだ。
猫は人間よりも遥かに進んだ科学力を持ってるって」
「まさか」
吹き出しそうになった。
「猫ですよ?」
「でも、本当にソイツ、猫語と人間語の翻訳機なんか持ってたんだよ。
マコトちゃんが作ったやつより、よっぽど機能的なのを……」
いやいや、おかしいだろう。
それならマオも、それをつけてなきゃおかしくないか?
猫本さん、怖い目に遭ったから、幻覚を見てしまったんだな。
「ははは。わかりました。信じますよ」
「本当かい?」
「はいはい。猫本さん、信じますよ」
「だから、今、解剖されかかってるあの猫もさ、人間の言葉を喋れるのかと思うと……」
「可哀想になっちゃったんですか?」
「そうじゃないけど……。なんていうか、怖い気がする」
「怖い?」
「うん。……うまくは言えないけど」
とりあえずマオと約束していた。俺は湖に行くことにした。
解剖されかかってる黒猫は……まぁ、いいだろう。
確かマオはあの猫の名前を口にしたことがあった。ブリキとか言っていた。あまり好きではないのだとも。
なんとなくだけど、あの凶暴そうな猫と、あののんびりしたマオが友達だとは思えない。
「では、山田副隊長。護送をお願いします」
マコトさんが言った。
「えっ?」
楽しそうだった山田先輩の顔が曇る。
「マコトちゃんも……一緒じゃないの?」
「私はやることがありますので」
毅然とした口調で、マコトさんが言った。
「それにこういう仕事は一番いてもいなくても変わらない方にお願いしたいので」
さる……山田先輩が泣きそうな顔をした。
(ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ)
湖に行くと、マオが待っていた。
今日は釣り糸は垂れず、お腹を地面につけて、じーっと待っていて、
俺が来たのを見ると無表情にこっちを見た。今日はミオはいなかった。
代わりにというように、傍らに台車のようなものが置いてある。
今日のマオは何やらカッコいいものを耳と口元につけていた。
『マオ』
声をかけると、マオが口を開いた。それを聞いて俺はびっくりした。
「ミっちゃん、おはよ」
マオが人間の言葉で喋ったのだ。
猫本さんの言ったことは本当だった。




