マオ、人間を知る(マオ視点)
檻の中にいるそのお方はお猿さんに似てる。
でも頭にしか毛がなくて、顔はつるんと黒ずんだ色にゃ。
猫にも毛のないスフィンクス様がいるけど、全然違う。
もっとピンク色だったら怖くないのに。
そしてそいつは猫みたいに後ろ足二本だけで立ち、両手が道具を持つ用に使えるようだった。
でっかくて、頭にしか毛がなくて、後ろ足二本だけで立ってて……
リッカやミっちゃんと同じにゃ!
ボクはユキにゃんに聞いてみた。
『このお方をどうするの?』
ユキにゃんは快く答えてくれた。
『みんなの見世物になってて、暇潰しにはなるんだけどね──
でも、帰ってもらおうと思う。
ボクらは人間と違って、何もされなければこちらも何をするつもりもないからね』
『おい、猫ども』
人間が喋った!
『なんだい? ネコモトくん』
ユキにゃんが怖がる様子もなく、涼しい顔で対応する。
『なんでお前らが人間の言葉を喋れる機械なんか持ってる? 人間から奪いやがったのか?』
フッ、と笑うと、ユキにゃんの口から変な言葉が出た。
どうやら人間の言葉らしい。
二人が会話してるらしいのをボクはぽけーっと見てるしかなかった。
だんだんのけものにされてるのが嫌になってきて、口を挟んだ。
『猫の言葉で喋るにゃ! 何言ってんのかさっぱりきっぱり屁の突っ張りになのにゃ!』
『彼がなぜボクが人間の言葉を喋れるのか、聞いて来たからね、答えてたのさ』
『にゃんて?』
するとユキにゃんはまた、フッ、と頼もしい笑いを浮かべ、言った。
『当たり前じゃないか、猫のほうが遥かに科学力が上なんだから、って答えたよ』
『そうにゃの?』
っていうか、カガクリョクって何。
『人間も猫語翻訳機を作ったみたいだけど、御覧よ。とても不便なしろものだ』
ユキにゃんが人間の首からぶら下がってる紐の先についたたまごみたいなのを指さし、言った。
『それに対してボクの作ったこの人間語翻訳機を見て? 機能的だろ?
スイッチとか押す必要もなく、聞くだけで人間の言葉がわかる。
喋れば同時に人間語に翻訳される』
『まじか……』
人間がユキにゃんに言った。
『何者だ、貴様』
ユキにゃんはまたフッ、と笑うと、答えた。
『ただの猫さ』
(ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ)
車のついた台に檻ごと人間を乗せて、猫30匹で運んだ。
森に近いとこまで運ぶと、そこで止まる。
もう空は夕焼け色だった。
『に、人間を放すぞ?』
『うん』
ユキにゃんがうなずく。
『やってくれ』
扉をおそるおそる開けるなり、30匹の猫が一斉に後ずさる。
ゆっくりと、悠々と人間が檻から出た。
ユキにゃんが何か言った。人間の言葉で。
人間も何か言った、機嫌悪そうな声で。ボクには全然わからにゃい。
ゆっくりと、ゆっくりと、人間は森に帰って行った。
それを見送りながら、ボクはユキにゃんに話しかける。
『あれが人間にゃの?』
『何回同じことを聞くの?』
ユキにゃんはプッと笑う。
『どうしたの? マオ』
あれが人間にゃと言うのなら──
ふと、思い出したことをボクは突然、口にした。
『あっ、そうにゃ! ユキにゃん、明日ね、ヌシ様をプレゼントしてくれるって! ミっちゃんが!』
『ミっちゃん……?』
ユキにゃんが首を傾げる。
『……誰?』
『ミっちゃんは……!』
大好きな友達を紹介しようとして口が止まる。
『ミっちゃんは……』
人間だったんだ。
『おかしなマオだね』
クスッと笑われた。
『さ、帰るよ?』
30匹の猫が空になった車をひいて帰ろうとするのを見て、止めた。
『あっ。それはここに置いといてほしいにゃ』
『にゃんで?』
みんなが不思議そうにボクを見る。
『ヌシ様を持って帰るのに使うのにゃ』
『ヌシさま?』
『ヌシさまって何』
『意味わからん』
『マオはアホだからな』
『いーから! ここに置いといてほしいにゃん!』
『フフ。マオの好きなようにさせてあげようよ』
ユキにゃんがみんなに言ってくれた。
『きっとボクらにはわからない楽しいことがあるんだよ』
『そうにゃ! あと……』
ボクはユキにゃんにお願いした。
『その人間語翻訳機を貸してほしいのにゃ!』
『これを? なんで?』
『みんなにはわかんない楽しいことに使うのにゃ!』
『なんだかわからないけど……遊ぶんだね? フフ、いいよ?』
ユキにゃんが耳からそれを外し、渡してくれた。
早速つけてみる。耳に小さいコレを入れて……うわぁ! 耳が嫌がって勝手にぴくぴくなる!
ユキにゃんが注意をくれた。
『ひっかけるところがあるだろ? それを後ろからひっかけるんだ。
そうしないと耳穴の中にマイクロイヤフォンが全部入り込んで取れなくなっちゃうし、
耳が嫌がってぴくぴくなるから』
言われた通りにやってみたらぴくんぴくんが止まった。
口のところに【マイク】ってのがきて、カッコいいにゃ。
『どう?』
それをつけたボクをみんなに見せると、
『うん、カッコいい』
『猫にも衣裳だ』
『SF小説みたい』
『スターキャットみたいだ』
みんなが褒めてくれた。
『よし、帰るにゃ!』
ボクが先頭に立つと、みんながゾロゾロついて来る。
ボクは猫の王様で、地球の支配者にゃ。
明日の朝、人間に会って来ることは、誰にも言わない。
猫の代表者たるたるボク一人で行ったほうがいい気がしていたにゃ。
だから、誰にも言わない。