猫の話
山原隊長は司令室に残した俺を睨みつけた。
「憎むべき敵の夢を見るなどと、恥を知れえっ!
貴様は人類を裏切って猫好きにでもなるつもりかあっ!?」
「すすすすみません! すみません!」
俺は全力で謝る。
「俺の無意識がどうにかしていたんです!」
「もしや……その無意識の中で、貴様は猫を愛しているな? そうだろう?」
「まっ……、まさか! そんなあり得ないことは……」
「そうでなけりゃ猫の夢など見るものかあっ! 貴様はゴキブリの夢を見たことがあるのか?
猫が胸に飛び込んで来たとか抜かしていたが、
同じように、ゴキブリが胸に飛び込んで来る夢も見たことがあるのかあっ!?」
「あああああり得ないですっ! 猫は我ら人類の敵であり、
嫌悪しかすべきでないものでありますっ!」
「よし! 我ら『NKU』は猫を絶滅させるために設置された機関である。
それを忘れるなッ!?」
山原隊長は俺を許すと、本日の任務を俺に言い渡した。
「食糧がそろそろ少なくなり始めている。山へ入って食えるものを採って来い」
☆ ☆ ☆ ☆
猫が地球の支配者になってから、生態系が狂ってしまった。
キャベツもジャガイモも畑では出来なくなり、山に自生している。
しかもその味は、大昔には『シャキシャキのキャベツ』とか
『ほくほくのジャガイモ』と呼ばれていたらしいそれが、
今ではアク抜きをしないととても食べられない。
食感もとてもシガシガしている。
「おっ。トウモロコシ見ーっけ」
一緒に食糧調達に来た花井ユカイが言った。
見上げると、高い木の上からまるまる太ったトウモロコシが一本、ぶら下がっている。
「高いな……」
俺は見上げながら絶望した。
「あれじゃ届かない。地面からバナナが生えてないか、探そうぜ」
「俺を見くびるなよ」
ユカイは笑う。
「どれだけ俺が木登りが得意か、お前も知ってんだろ、ミチタカ」
「気をつけろよ」
するすると気を登りはじめたユカイに俺は声をかける。
「木の上に猫がいたりするかもしれないぞ」
「こっ……怖いことを言うなよ」
止まりかけた足を動かし続けながら、ユカイは苦笑した。
「勢いつけて登らんと、さすがの俺でも登りきれんのだからな。足を止めさすな」
その時、
「ウウ〜……」
とっても嫌な声がした。
生理的に人間を笑顔にさせてしまうものの声だった。
木の上にいたのは黒猫だった。
サバイバルジャケット一枚を羽織り、そこに銃を差している。
「はっ……はわわわわっ!!」
ユカイがかわいいものを見て笑顔に恐怖の色を浮かべる。
「でっ……、出たあああーーっ!!!」
「はっ……花井ぃいーーーっ!!!」
俺は見た。
かなり高くまで木を登ったところで、ユカイが猫の銃が発射した光線に体を撃ち抜かれ、
こちらへ向かって落下して来るのを。
俺は咄嗟にやつのために身をクッションにした。
ユカイの体を両手で受け止めると、柔らかい腐葉土の上に、一緒になって倒れた。
「にゃにゃんにゃん、にゃにゃにゃん、うー」
木の上にいた黒猫は、俺達をバカにするように笑いながらそう言うと、
枝からぶら下がっているトウモロコシを口にくわえ、
木から木へと飛び移りながら、遠くへ消えて行った。
「ユカイっ!」
俺はやつの体を揺する。
「大丈夫かっ!?」
「う、うふふ……」
ユカイが目を覚ました。
猫の使っている銃に殺傷能力はない。ただし……
「う、うにゃあーん」
ユカイは人間の言葉が喋れなくなっていた。
はっきり言うと、バカになっていた。
呆然とする俺の前で、ユカイは地面を手足全部を使って駆け出すと、
それは楽しそうに蝶々を追い回し始めた。
まあ、3時間も経ったら元に戻るのだが、俺は恐怖した。
そして逃げ去った黒猫を睨みつけ、憎しみを強くした。
「遠い昔、地球は人間様のものだったんだぞ……!」
思わず誰も聞いてないのに、口から言葉が漏れた。
「地球で遊びやがって……! 絶対に、地球の支配権を、俺達人間は猫から取り戻す!」
風が吹いた。木々の揺れるざわめきが、ネコ世界最高権力者
『マオ・ウ』の甲高い笑い声に聞こえ、俺は強く拳を握りしめた。
『ざわざわざ……にゃわにゃわ……にゃーっはっはっは!』
その笑い声の主の顔を、俺はまだ知らなかった。
地球を人間から奪い取った憎むべき猫族の王、マオ。
どんな恐ろしい顔をしているのだろうか。その姿は俺の中で黒い悪魔のように巨大で、
醜悪で、残忍なものとして、どんどんと作り上げられて行った。