猫本つよしの受難
基地に帰り、廊下を駆けているところを見つかるなり、隊長に怒鳴られた。
「冴木ミチタカっ! どこへ行っておったっ!」
「あっ。すっ、すみません!」
猫とお喋りしてたなんて言えなかった。
「ちょっと……フィールワークに……」
「仕事中に遊ぶなっ!」
基本放任主義なくせに、見つけた時だけ怒る。やりにくい隊長だよ……。
扉を開きっぱなしの作戦会議室の中に、隊長をはじめ、みんなが集まっているのが見えた。
マコトさんの姿も見えた。猫本さんだけ姿がない。
「何かあったんスか?」
部屋に入り、聞くと、マコトさんにキッ!と睨まれた。
「ミチタカくん……。大事な時にいないなんて、本当に役立たずね」
「すみません」
謝るしかなかった。
「あの……」
魚獲り用の網を使わせてほしいと口にしようとした時、マコトさんがそれを遮って重要なことを教えてくれた。
「偵察用ドローン、飛ばしたわよ」
「えっ!?」
昨日、2人で完成させたあれを、もう実用に移したのか!
「見て」
マコトさんにそう言われ、指さされたほうを見ると、モニターには流れる平原の景色が映し出されていた。
ユカイも海崎さんも、隊長もさる……山田先輩も、ビーグル犬の太郎丸まで、みんなそれに注目している。
やがてカメラは猫の町の上空に差しかかった。
カメラに映る猫の姿が一匹、二匹、十匹、百匹と、どんどん増えはじめる。
町とはいっても本当に、ただ猫が集まっているだけのところという感じだった。
ほぼ自然のまんまだ。建物らしい建物はまばらにしかない。
しかも石造りの立派な家らしきものが一つ見えただけで、
あとは木をテキトーに組み合わせたようなテントのようなものばかりだ。
「これが……猫の町か」
隊長が声を漏らす。
「双眼鏡で遠くから見たことはあったが、ここまではっきりと見るのは初めてだ」
「気持ち悪い……」
ユカイが笑いながら、言った。
「猫がこんなにいっぱい……。色んな猫がいやがりますね」
「拡大することも出来ます」
マコトさんはそう言うと、手に持っていたコントローラーを操作した。
カメラがアップになると、猫の一匹一匹の姿をはっきりと映し出した。
広場で遊ぶ小猫たちが映った。
「恐ろしい……!」
山田先輩が呟いた。
「恐ろしいほどに可愛いんだが……!
あ、あれを可愛いという自覚なしにやっているというのか……。恐ろしいことだ!」
小猫たちはじゃれ合い、もつれ合い、ころんころんと転げ回りながら、ピンク色のお腹を見せていた。
肉球を思いっきりカメラに見せて、あどけない瞳を爛々と輝かせている。
「本当に、なんて恐ろしい生き物だ……」
海崎さんが、それに見とれながら、うっとりと笑う。
「わざとじゃないのにあんなに可愛いなんて、怖い……」
次には塀のような建造物の上にたむろしている成猫たちの様子が映し出される。
「なんてふてぶてしい……ッ!」
マコトさんが吐き捨てるように言った。
「あの目……。絶対に私達をバカにしているわ!」
「ところで……」
俺は聞いた。
「猫本さんは?」
マコトさんが答えてくれた。
「ドローンの上に乗ってるわ」
「えっ……?」
「猫本くんは忍法で自分の体重をゼロに出来るのだ」
さる……山田先輩が誇らしげに言った。
「ゆえに飛行するだけで積載能力のないドローンの上にも軽々と乗れるのだよ。
さすがは甲賀忍者の末裔さ」
頭の上にイメージが浮かんだ。
猫の町の上空を飛ぶ小さなドローンの上に、オレンジの制服姿の猫本さんが、
太郎丸のようにお座りをして、ちょこんと乗っている。
その目は真剣だったが、その姿はあまりにユーモラスだった。
「な、なんでそんなことを?」
「彼が志願したのよ」
マコトさんが真面目な顔をして言う。
「隙あらば猫の一匹や二匹、仕留めて来るって」
「だ、大丈夫なんですかね……」
「彼は信頼できるわ。この支部で最も信頼できる」
マコトさんがそう言うと、海崎さんが『はぁ?』と心外そうな顔をした。
「猫本さん」
マコトさんが通信を取る。
「どう? 敵地の上空にいるのはいい気分?」
《最高だあ》
モニターのスピーカーから猫が本さんの声が聞こえた。
《このまま爆弾でも落としてやりてぇけど、爆弾の重さで墜落しちまうからな》
「ツバを吐いてやったらどうかな」
さる……山田先輩が下品に笑いながら、言った。
「ペッ、ペッ……どかーん! ヒャハハハハ!」
みんなが無視した。俺もどうもこの人のノリにはついて行けない。
「ん?」
海崎さんが何かを見つけ、声を出した。
「何か……下から飛んで来てないか?」
「まさか。猫は空を飛ばんだろう」
隊長がそう言いながら、モニターを凝視する。
「え……。でも確かに、何かが……」
マコトさんの顔色が変わる。
「猫よ! 猫が飛んで来るわ! 猫本さん、撃墜して!」
モニターの中で、その猫の姿がぐんぐんとドローンに接近して来る。
あの黒猫だ!
ユカイを撃ったやつだ!
背中に羽根のついたジェット噴射機のようなものをつけ、凶悪な笑いを浮かべながら、
物凄いスピードで上昇して来たかと思うと、手に持っている小型のバズーカ砲のようなものを発射した。
《わわっ! ……ひぃっ!》
「猫本さーーんっ!」
俺が叫ぶと同時に爆発音がスピーカーから鳴り響いた。