ファースト・コンタクト
「やあ」
工作室で俺とマコトさんが作業をしていると、
海崎リョウジさんが手を掲げながら、階段を降りて来た。
いつ見ても長身イケメンだ。
「あ、海崎さん、チーッス」
「何よ、ミチタカくん。その挨拶」
マコトさんに叱られた。
「海崎先輩に対して失礼よ。見本を見せてあげるわ」
階段を降りきった海崎さんに対してマコトさんはまっすぐに立つと、
胸に上から拳の内側を当て、敬礼した。
「海崎さん、お疲れ様です」
「いいよ、いいよ。敬礼なんて」
そう言いながら、海崎さんも敬礼を返す。
「ところで最近、轟隊員って、冴木隊員と仲いいよね?」
俺はドキマギしながら手を振った。
「そっ……そんなことないですよっ!」
マコトさんは動揺一つ見せずに答えた。
「2つほど発明品を完成させたいのでミチタカくんに手伝ってもらっていたんです」
「へぇ? 何を開発してたの?」
「一つは魚獲り網です。
これを使えば釣り竿でセコセコ魚を釣らなくとも、湖の魚を一網打尽にすることが出来ますわ」
「なるほど」
海崎さんがちょっと小馬鹿にするように笑ったように見えた。
「……で、もう一つは?」
「今、目の前にあるコレですわ」
「コレは何?」
「偵察用のドローンですわ」
「どろーん?」
「はい。カメラを搭載していますので、これを猫の町に飛ばせば、
上空から猫の生態を観察することが出来ます」
「あ。ここへ来た時に言ってたやつだね?」
海崎さんはそう言うと、俺達が作っていたものをしげしげと眺め回した。
「これが……飛ぶの?」
「すっっごいんですよ!」
興奮して俺は説明した。
「マコトさんは天才です!
こんなちっちゃいプロペラ4つでヒュルル〜って上昇するんですよ!
昼間に実験したんですけど、カメラの精度が今ひとつらしくてまだ……」
「うるさい」
マコトさんに叱られた。
「君が作ったみたいなこと言わないで。あたしの指示に従って君はお手伝いしただけでしょ」
「天才とか、君が言うなよ、冴木隊員」
海崎さんにププッと笑われた。
「君に何がわかる。プププププッ……」
★ ★ ★ ★
基地の外に出ると、もう空が明るくなり始めていた。
「わあ、綺麗な朝焼けだなぁ」
わざとらしく、自分を励ますようにそう言うと、俺は宛もなく歩き出した。
「……あんなに言わなくたっていいじゃん」
2人に冷たくされて、ちょっと涙が出た。
宛もなく歩いていると、いつの間にか湖のほうに向かっていた。
戦闘の最中に悠々と釣り糸を垂れていたオレンジ色の猫のことを思い出した。
「アイツ……。まだいたりして……」
そいつがいることを期待したわけじゃない。
ただ、なんとなく湖に映る朝焼けが見たくなって、草を分けて入った。
あのへんには確か珍しい花も生えてたはずだ。
女性は花が好きだと聞いたことがある。
マコトさんに摘んで帰って、好感度を上げよう。
最後の草を掻き分けると、こちらに背を向けて、あのオレンジ色の猫が釣り糸を垂れていた。
(本当にいやがった!)
あの時からまったく動いていないように、あの時見たままだ。
ただ景色が朝に変わっていて、側にもう一匹、あの時にはいなかった三色カラーの猫がお座りをしていた。
俺はマタタビ銃を腰につけていなかった。うっかり基地に置いて来ていた。
三色カラーの猫が俺に気づいた。
しかしおどろいた様子もなければ攻撃して来る気配もなく、ただ何かオレンジ色の猫に報告するように話しかけた。
逃げるか? いや、これは何かのチャンスのような気がする……。
オレンジ色の猫が、もう一匹に話しかけられ、こっちを振り向いた。
俺はその顔を見て、思わず、思った。
(か……、顔、でかっ!)
のんびりした表情で、そいつは遠いところから何か話しかけて来た。
いや、猫の言葉なんてわからんぞ……
いや! わかる!
俺はマコトさんの発明品、『猫語翻訳機』を首からぶら下げていたのだ。
おそるおそる近づきながら、俺はそいつに話しかけた。
「お、おはよう」
翻訳機のボタンを離す。猫の声が小さなたまごから発音された。『い、イーきにー』と。
オレンジ色の猫が、にっこり笑った。そして挨拶を返してきた。
『イーきにー』
俺はそれを翻訳機にかける。人間の女性の声が訳した。
「あなたも猫にゃん」
ど……、どういうことだ。どっちも『イーきにー』と聞こえたのに、訳が違うぞ?
そう思っていると、二匹の猫がいっぱい話しかけて来た。俺は忙しく翻訳機を操作した。
三色のほうが言う。
「またお会いしましたやのね、リッカ様」
オレンジのほうが言う。
「違うにゃん。このお方はオスにゃん。リッカさまではないにゃ!」
なんで俺、猫なんかと会話を始めちまったんだろう。
なんでこの猫達、人間の俺を怖がらないんだろう。
「この森には変わった姿の猫がいっぱいいるのかにゃん? 挨拶してくれてありがとにゃ。【イーきにー】を交わせばボクたち、もう友達にゃん!」
そう言うと、オレンジ色の顔がでっかい猫は、にっこりと嬉しそうに笑った。
うわぁ……。気持ち悪い。
そう思いながら、俺の顔はデレッとニヤけていた。
そいつの頭とか喉とかに、すごく触りたくて仕方がなくなっていた。なんでかはわからない。




