夜の森(マオ視点)
またヌシさまを釣りに森へ行けることになったにゃ♪
一匹で行っちゃいけないけど、ミオにゃんが一緒についてきてくれた。
だから二匹にゃ。これならビキにゃんも文句は言えないはずにゃ♪
『るっふっふ、るっふっふ♪』
夜の森は真っ暗だったけど、ボクら猫は夜目が利く。
釣り竿かついで、鼻唄歌って、ずんずん歩く。ずんずん歩く。
『マオちゃま、ごきげんや』
ミオにゃんがちょっとねっとりしてる声で、言った。
『ごきげんなマオちゃまとこんなところを歩けて、あたいは幸せにゃ』
ごめんなさい、どうでもよかった。ボクの頭には今、ヌシさまのことしかない。
人間が出るかもとかも、ない。
猫500匹でも食いきれないという大魚、湖のヌシさま。あなたは一体どんなお姿をされてるのですか?
そう思いながら歩いてると、前から何かでっかいものが歩いてきたので、ボクはビクッとして立ち止まった。
ミオにゃんが止まりきれずにボクの背中にぶつかった。
『いたやややや。マオちゃま、にゃにか……?』
そこまで言ってミオにゃんも全身の毛を逆立てる。
前から道を歩いて来たものは、頭にしか毛がなかった。
黒く長い毛をユラユラ揺らし、ボクらのほうへやってくる。
ビキにゃんから聞いていたことが頭に蘇った。
── 人間ってのは、恐ろしい姿をしてるんだ!
俺達ともウサギさんともまったく違うんだ!
身体がでかくて、毛が頭からしか生えてないんだ!
『で……出たあっ!』
ボクはか細く叫んだ。
『に、に、に……』
ミオにゃんがボクの背中にしがみついた。ぶるぶる震えている。
すると前から歩いてきたそいつが、ボクらに言った。
『イーきにー』
あっ。
猫の合い言葉を言った。
つまりコイツは猫にゃ。
見た目はとても変わってて、噂に聞く人間みたいで、身体も大きいけれど、
合い言葉『イーきにー』は猫である証明にゃ。
ボクもミオにゃんも安心した。
ほっとして二匹で合い言葉を返す。
『イーきにー』
『イーきにー』
そいつはにこっと笑ってくれると、さらに話しかけて来てくれた。
『こんな遅くにどこへ行くの?』
『湖にゃ!』
ボクは声を弾ませて即答した。
『こーんなでっかいヌシさまを釣りに行くのにゃ! 楽しみなのにゃ!』
『ふふ。それは楽しみだね。ところで私のことが怖くないの?』
『えっ?』
ボクは目を丸くした。
『普通、怖がるべき?』
『猫はみんな私を見て怖がるわ。人間はそうでもないけど』
『怖くないにゃ!』
ボクは胸を張って、言った。
『だってお前、言葉が通じるにゃ! だから、怖くないにゃ!』
そいつは嬉しそうに笑うと、名前を言った。
『私はリッカ。あなたは?』
『ボクはマオ・ウにゃ!』
『マオ・ウ?』
そいつはびっくりしたようだった。
『あなたがマオ・ウなの? あの……地球の支配者の……?』
『そうにゃ!』
『意外と可愛らしいのね』
にっこりすると、そいつは近寄ってきて、変わった形の手でボクの頭を撫でた。
すり、すり、すり……
あっ?
これ、なんか気持ちいい……。
ボクにゃん、まるで赤ちゃんに戻ったような気分にゃ……。
『あなたは?』
もっとしてほしかったけど、リッカはミオにゃんのほうにも興味をもったみたい。
『ミオ・ーンやよ』
『発音が難しいわね』
『難しかったら【ミオ・リ】って呼んで? おんなじ意味だから』
『よくわからないけどそうなのね』
納得すると、リッカはミオにゃんの頭も撫でた。
すり、すり、すり……
ミオにゃんが喉をゴロゴロ鳴らして気持ちよがる。
『リッカはここで何してるにゃん?』
ボクは聞いた。
『それとも今から何かしに行くのかにゃん?』
『私は帰り道だよ。これからおうちに帰るの』
『よかったら一緒にヌシさまを釣りに行かないかにゃん?』
『悪いけど、ママが待ってるから』
『それは心配させたらいけないだにゃん!』
ボクは3回うなずいた。
『じゃっ! 出来たらまた会うにゃ!』
『ふふ……。また会いましょう。マオ・ウ』
『よかった、邪魔が入らなくて』
ミオにゃんがホッとしたように言った。
『どーでもいい時にまた会いましょう、リッカ様』
『ふふ。またね、ミオ・リ』
『イーきにー』
『イーきにー』
『イーきにー』
ボクらはリッカとお別れした。
(ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ)
夜の湖は眠ってた。
月の光を浮かべて物静か。
ダンゴムシを拾って針の先につけて、釣り糸を投げてみたけど、お魚さん達みんな眠ってるみたい。
たぶん底のほうで透明なまぶたを閉じて、目を開けてるみたいな顔で眠ってる。
『朝を待つしかないにゃ……』
ボクは釣りプロみたいにカッコよく呟いた。
『ヌシさんもお休み中にゃ』
『じゃ、マオちゃま、うっふんするにゃ!』
ミオにゃんがなんか言い出した。
『うっふんって?』
『うっふんにゃ!』
『それにしても……』
ボクは話を変えた。
『さっきの猫……名前なんだったっけ』
『リッカ様にゃ!』
『あー、そうだ。リッカ。変わった姿の猫だったにゃー』
『あの方、ほんとうに猫やのや?』
『合言葉を知ってたから猫には違いないだにゃん』
『あっ……もう! 流されかけた! 他の女の話なんかしないでやの!』
『にゃっ?』
『さぁ、うっふんするの。子作りしましょ。にゃん、にゃん』
『ま……、待って……!』
『うふっ。マオちゃま、かわいい! はげかわ!』
ああっ……。そんな……。ボク、初めてなのに……!
月だけが見つめてる中、ボクはミオにゃんと一夜を明かした。にゃんにゃん。




