訓練強化
廊下を歩いていたら、横の部屋からさる……山田先輩がカチャッと出て来た。
俺の前を歩くマコトさんを見ると、嬉しそうな顔をして立ち塞がった。
「おお」とだけ、言った。
そして何だか気が触れたような笑顔になると、手を広げたり狭めたりしながら、言った。
「ボンッ、キュッ、ボンッ」
やたらとはしゃいでいる。
マコトさんは何も言わず、それを黙って見つめていた。
山田先輩は繰り返した。
大きなスイカを持つような手つきをして「ボンッ」
それをなめらかに狭めながら「キュッ」
そして大きめのカボチャを作り出すようにまた手を広げ「ボンッ」
何もない空間に大きな砂時計みたいな、マコトさんそっくりの曲線美を完成させると、山田先輩は笑った。
なんだか猿が人間をバカにする時のような笑顔で、マコトさんの顔をじっと見つめる。
ゆっくりとマコトさんが手を動かした。山田先輩の薄い頭頂部を横からぺしっ!と叩く。
先輩の口が「あっ」と悲しそうな声を出し、少ない髪がファサッとなびいた。
さる……山田先輩を押し退けるようにマコトさんがまた歩き出したので、俺は急いで後を追いかけた。
振り向くと、山田先輩がなんだか嬉しそうにはしゃいでいた。
(ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ) (ΦωΦ)
「何ッ!? 猫に遭遇しただと!?」
山原隊長が大袈裟な表情で報告を受け取った。
「そのことで……。隊長」
マコトさんが進言する。
「ミチタカくんに掩護射撃をお願いしたのですが、彼は射撃が下手すぎます」
心の中でごめんなさいと謝った。
「ミチタカは……まあ、その……ウチの隊員の中では、射撃の腕は普通だが?」
「あれで普通!?」
マコトさんが驚愕の声を上げる。
「訓練強化が必要です!
ついさっきも廊下で山田副隊長にセクハラを受けましたので頭を叩いて差し上げたのですが、
ゆっくり叩いたにも関わらず、あの人避けることすら出来ませんでしたわ!
鈍すぎます! どれだけのほほんとしているのですか!
こんなものでは猫がもし攻めて来たら惨敗しますわよ!」
擁護するわけじゃないけど、さっきの山田先輩はマコトさんに叩かれたくてわざと避けなかったように見えたけどな……。
「君は新人だぞ。口を慎め」
隊長が得意の怖い顔でたしなめる。
「私は東京本部、つまりは青江総司令官の直属の部下です」
マコトさんも負けてない。
「私の発言は青江総司令官の言葉と思って頂きたいですわ!」
「何を偉そうに……小娘がッ!」
「あら。やっぱり私が女性だからといって、差別してらしたんですのね」
ホホホ、と面白い笑い方をするマコトさん。
「君が男なら『何を偉そうに、若造が』と言っておる! 差別ではなく……」
「いいから訓練強化を言い渡してくださいっ! これじゃダメですっ!」
二人がキスするかと思うほどに顔を近づけて口論するのを俺はただオロオロしながら見守っていた。
凄い。あの山原隊長と口で負けない人がいるなんて。
格闘も強ければ気も強い。女ってみんなこうなんだろうか?
猫本さんにこの気の強さを分けてあげたい。
はっきり言って、俺はマコトさんの言うことに分があると思った。
山原隊長は口はうるさいが、仕事に関しては意外に放任主義なところがある。
格闘訓練も射撃訓練も基本自習で、たまに気が向いたらやって来て、何も言わずただ見ているだけだ。
まぁ……。確かに……、鍛え直す必要があるかもしれないな。
マコトさんの援護をあの時上手に出来なかった。そのことが悔しかった。やり直させてほしかった。
しかし……猫。
4匹もいっぺんになんて、初めて見た。まるで小さな宇宙人みたいにおぞましい姿だった。
なんであんなに大きな目をしてるんだ?
なぜ知的生命体のくせに尻尾がある?
どいつも下半身丸裸だったが恥ずかしくないのか?
何よりなぜ……あんなにおぞましいのに……人間を生理的に笑顔にさせるんだ?
なぜ俺達は、あんな気持ちの悪い生き物を『かわいい』などと思ってしまうのか?
とにかくあれはやはり絶滅させるべきものだ。あんなものが地球を支配していてはいけない。
正義は俺達人間様にあり、だ!
そう思ったらふつふつと闘志が燃え上がって来た。
俺は口論する二人の間に割り込むように、大声を出した。
「隊長! 俺、やりますっ!
他のみんながどう言うかはわからないけど、役立たずだったことが悔しいんです!
マコトさん! どうか僕に格闘術と射撃を教えてください!
ビシバシお願いします! 頑張りますからっ!」
隊長とマコトさんが同時に振り返り、大きな声で言った。
「「うるさいっ! 下っ端は命令があるまで黙ってろっ!」」
……あれ?
俺……、やる気出したのに?
くそぅ……。下っ端は命令に従ってりゃいいって言うのかよ?
自分でやる気出しちゃいけねぇって言うのかよ?
理不尽だ!




