反撃
タマネギを材料に作ったらしいそのガスは、強烈だった。
それは俺ら人間に対しても強烈な効果をもたらした。
「ああっ!」
山原隊長が、目をおさえて痛がる。
「痛い……っ!」
泣いていたマコトさんの悲しそうだった声が、怒りの声みたいに変わった。
「さいあくーーっ! くっさ! かっら! ……秦野ユイ殺す!」
リッカと海崎さんの声は聞こえないが、どうやら俺と同じだ。めっちゃ痛がってる気配がする。
目が痛い!
涙が止まらない!
「口を開けるのよ!」
マコトさんの声が、そんなことを言う。
「タマネギを切る時、口を閉じてたら強烈に来るけど、口呼吸をしながらだと結構平気なの!」
試しに言われた通り、口を開けて呼吸してみた。
辛い!
タマネギの濃い味が口の中に押し寄せて来る。でも言う通り、目のほうはましになってきた。
……目が、開けられる!
猫たちは……どうなった?
隊員服の袖で涙を拭きながら、俺はなんとか目を開け、その光景を、見た。
猫たちは、立っていた。
青白い霧が薄くなっていく中、胸を張って、みんな揃って丘の上に立っている。
空を見上げながら、目を細めてだばだばと涙を流しながら、何かに堪えている。
「マオ!」
すぐ側に立つマオに、俺は声をかけた。
「大丈夫なのか!?」
すぐに答えは返ってきた。
「……これが大丈夫そうに見えるかにゃん? 涙がいくらでも出て、上を向いてないと目からぜんぶ出てしまいそうにゃ……」
「……こりゃ、ひでェ」
少し離れたところでブリキが呟いた。
「この俺をここまで泣かせやがるとは……。こりゃひでェぜ」
リッカが涙を流しながら、猫語で大声を出した。
どうやらその場の猫たちみんなに「大丈夫!?」と聞いたようだ。
猫たちはそれぞれに「おとうさん」とか「きさらぎえき」とか聞こえる猫語でウニャウニャと喋りはじめた。
聞いていたようにうんちが止まらなくなったりは、誰もしていない。
どうやら理想兵器は猫を絶滅させる最終兵器としての効果をもたず、失敗した……のか? それともこれは猫にとっては遅効性の毒となり、ゆっくりとその身体を蝕んでいくのか?
「うんなー」
ユキタローが丘を上ってやって来た。
「のん、うな、な?」
猫語なので何を言ってるのかわからない。
「どうしたの? じゃないだにゃんっ!」
マオがそれに人間語で答えた。
「タマネギ食らってぼくにゃんたち大泣きだにゃんっ!」
「あっはっは!」
後からついて来たコユキが、人間語で言った。
「ボクもママも、メガネをかけてるから大丈夫なんだ!」
ユキタローが人間語翻訳機を頭につけた。
そうして俺たちに聞く。
「理想兵器、もう終わったんですか?」
「どうなったんだね、これは?」
隊長が質問に質問で答えた。
「タマネギが毒というのは間違いだったのかね? それとも、これから効いてくるのか?」
うーん、と考えてから、ユキタローは言った。
「調べてみますね」
そしてどこからか小さな計測器のようなものを取りだすと、マオの鼻の穴に細い棒状のものを突っ込んだ。
「痛い!」
「ごめんね、マオ。ちょっとだけじっとしててね。すぐ、済むから」
そして計測器に表示された猫数字を確認すると、はっきりと言った。
「どうやら我々の身体は、タマネギの毒に耐えれるように、いつの間にか進化していたようです。一万年前の猫にタマネギは確かに毒だった。でも、今の猫にとってはただ催涙効果をもたらすだけのもののようです」
「なんだ、そりゃ!」
「ユキタローちゃんが『確かに』とか言うから信じて深刻なことになってたのに!」
海崎さんもマコトさんもユキタローにツッコみながら、笑ってる。
「何事もなかったのか!」
「よかった……!」
安心して大声をあげた俺に、リッカが喜びの声を漏らしながら抱きついてきた。
「……しかし安心はできんぞ」
山原隊長が低い声でみんなに言う。
「原子力爆弾の開発もトーキョー本部はしていたはずだ。次はそれを発射して来るかもしれん」
「やれるならとっくにやっているでしょう?」
ユキタローが呑気に言った。
「人間はこの町の土地が欲しいんです。それを破壊してしまうようなことはしないでしょう」
「しかし、何かはして来るはずだ」
「反撃しますか?」
メガネをくいっと上げて、ユキタローがつまらなそうな顔で言う。
「前にも言った通り、ボク一人で人間を絶滅させることなんて容易いことです。……でも、しない。そんなことはしたくないです」
俺が提案した。
「じゃ、町を覆うようなバリアを作ろうよ! 反撃する気がないなら、せめて防御しないと……」
「何も起こってないのにですか?」
ユキタローがきっぱりと言った。
「猫は必要にならなければ何も作りません。何か起こったら作りますけど、何も起こってないのに大掛かりなバリアを作るなんて……めんどくさ」
「それで危ない目に遭ったんだろ!」
俺はツッコんだが、猫とはどうやらそういうものらしい。それを変えることは俺にはできない。
他の猫たちはまだ辛そうに、涙の止まらない目を手で洗っている。
ビキがマオを抱きしめて、『かつおぶし! すけそうだら!』みたいなことを笑顔で叫んでいた。
「わたしがやるわ……!」
決意の籠もったそんな声を聞き、振り向くと、リッカがやたらと凛々しい表情になっている。その薄い唇を結び、俺には意味のわからないことを言った。
「わたしは橘家の姫だもの! トーマくんよりも権力があるのよ。その権力をもって反撃します!」




