猫と運命
俺はリッカと顔を見合わせ、すぐに海崎さんに聞いた。
「ユキタローには知らせましたか!?」
「もちろんだ。轟隊員がすぐさま知らせに行った」
「他の猫たちには?」
「まだ知らせてない。パニックになると困る。……あっ?」
海崎さんが慌てて口をつぐんだ。
俺のすぐ足元で地球の支配者マオ・ウがゴロゴロしているのに気づいたからだ。
「どうかしたのかにゃん?」
しかしマオには意味がわかってないようだ。まったく驚いた様子もなく、子猫にじゃれつかれながら目を細めている。
俺は海崎さんに言った。
「とにかく……ユキタローの家へ急ぎましょう!」
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ユキタローの家にみんなで駆けつけると、マコトさんがその前でオロオロしていた。
「……あっ、海崎さん! ……ユキタローちゃん、何度呼んでも出てきてくれないのよ!」
どうやら中で熟睡しているようだった。中に入ろうにも入口が小さすぎて人間には入れない。
「ユキにゃんにご用なのかにゃん?」
マオが言った。
「じゃ、ぼくにゃん中に入って呼んで来るにゃ」
「マオ!」
俺は釘を刺しておいた。
「絶対に連れて出て来るんだぞ! 中で一緒にまったりしたりするなよ?」
こう言っておかないと、寝ているユキタローを見たらマオも一緒になって寝はじめたりしかねないからな!
「ユっキっにゃあーん」
のんびり名前を呼びながら、マオが小さな入口を潜っていく。
「人間様がたがお前様に用……おっ? 気持ちよさそうなところで寝ているではないかいな」
「ユキタロー!」
俺は慌てて中に向かって叫んだ。
「大変なんだ! 理想兵器がもう発射された!」
足元にいたミオが、俺の言葉を聞いて、喋った。
「たいやの。あゆやの。はりせんのん」
メガネをかけてないユキタローが、めちゃめちゃ眠たそうな目をして中から出てきた。
めんどくさそうな手つきで翻訳機をかぶると、聞いてきた。
「……もう、発射されたんですか? ここまでの予測到達時間、わかります?」
海崎さんが無線で支部に聞くと、猫本さんの声で答えが返ってきた。
「およそ45分でここにやってくる!」
「無理ですね」
ユキタローは呑気に言った。
「そんなに早いんじゃ、どうしようもない」
俺は抗議した。
「一瞬でバリアを作れるって言っただろ!?」
「一瞬は言いすぎました」
ぺこりとユキタローが謝る。
「ボクとコユキだけじゃ3日はかかりますし、他の猫の潜在能力を覚醒させて手伝ってもらっても、2日はかかりますからね」
「……じゃあ、他のやり方でなんとかしよう!」
俺は力説した。
「……そうだ! 地面に穴を掘るんだ! 各自で自分用のシェルターをそれぞれに! そうすれば全員助かる!」
「そんなことしたって無駄ですよ。ガスは穴に入ってくるし、ガスが入らないような穴なら猫が窒息します」
ユキタローはそう言うと、大あくびをした。
「猫はどうせいつか死ぬんです。それが早いか遅いかだけの話ですよ」
「なんでそんなに諦めが早いんだよ! 人間に負けるんだぞ!? 悔しくないのか!?」
「無駄よ、ミチタカ」
リッカが傷ついたように俺の背中にしなだれかかった。
「猫は運命を素直に受け入れるものなの。あがいても無駄だと知ったら、ただどこか遠くへ、誰にも見られない場所へ行きたいって思うだけのものなのよ」
「──じゃ、ボクは引き続き寝ます。猫はふつう夜行性ですが、ボクは昼夜逆転型の生活をしているので……昨夜は夜ふかししすぎたので……」
ユキタローはそう言うと家の中に戻って行った。
中でコユキに話しかける声が聞こえた。
「コユキ……。一緒に寝ようね、永遠に」
ユキタローと入れ替わりにマオが中からトコトコと出てきた。
「みっちゃん、なんでだろう?」
目をまん丸くして、俺に聞いてくる。
「なんかものすごく遠くへ行きたい気分にゃ。誰にも見られないところに……」
そうだ! マオだけなら、俺がかばってやれば、助けられるかもしれない!
俺は俺の足元に寝そべったマオに覆いかぶさって、ガスを避ける傘になろうとした。
でも……駄目なんだろうな。こんなんじゃ防ぎきれない。マオが苦しみ死んでいくのを一番近くで見ることができるってだけだ。
でも……諦めない!
人間は猫と違って諦めが悪いんだぞ!
俺はマオの背中を撫でた。そのあったかい、陽だまりみたいな背中を見ていると、愛しくなってくる。生きていることが、この世の全ての生命が──
もし……この世が明日で終わるなら──
そんなことを俺は考えたことがあった。最期に何をしたいかなんて。
でも、答えは出なかった。どうせいつもと同じ日を過ごすだけだろう。そんな答えしか、出なかった。
「マオ」
試しに俺は、マオに聞いてみた。
「もしもだぞ? もしも──これからすぐに世界が終わるとしたら……おまえ、何がしたい?」
「食うにゃん!」
マオは即答した。
「寝るにゃん! 遊ぶにゃん!」
そして顔を上げ、にこっと笑った。
「世界は楽しいにゃ! こんな楽しいことはそうそうないからいつもとおんなじにゃ!」
そして、珍しく真面目な顔になり、まん丸の瞳で俺をじっと見つめると、言った。
「みっちゃんに出会えてよかったにゃ。猫がどうなっても、人間様が猫に何をしても、ボクはみっちゃんが大好きにゃ」
マオ……!
もしかして……これから何が起こるかわかっているのか!?
そう思ったが、口には出せなかった。




