人類の未来
「あなたの子が産みたいの。種付けをしてほしい」
朝も早くからそんなことをリッカから言われ、俺は何と答えようか、しどろもどろになってしまった。
「た……、種付けって……。植物じゃあるまいし?」
「知らないの?」
リッカが真面目な顔をして言う。
「動物だって種付けをするのよ? おしべとめしべを触れ合わせて、新しい命を作るの」
「まさか……」
俺は思わず笑ってしまった。
人間は人工子宮装置の中で作られるものだ。
確かに──男性の精子と女性の卵子を材料とするけど、それは種付けと呼べるようなものじゃない。
試験管の中で二種類の薬品を混ぜ合わせ、紫色のけむりみたいなのを作るような、いわば化学反応だ。
そう、思ってたんだけど……
──違うのか?
「わたしには両親がいたって、前に話したでしょう?」
そういえばリッカはそんなことを言っていた。
両親から産まれたんだって……。でも、ふつう、そんな人間はいない。ふつうは人工的に作られるものだ。
リッカが俺の隣の地面に腰を下ろした。
横から俺の顔を見上げながら、微笑んで言う。
「わたしの一族はね、類い稀な生殖能力を代々有しているの。だから、わたしに種付けされた命は、確実にこの世に産まれ、そして強く育つの」
「よ……、よくわからないけど……」
俺はしどろもどろに答えた。
「つまりは……リッカは……俺との子どもが欲しいってこと?」
リッカがプッと吹き出した。
「そう言ってるじゃない」
「でも……、どうして俺なんかの……」
「ミチタカが変えてくれたのよ? 人間と猫の関係を」
「ああ……、うん。たまたまね」
「たまたまじゃないわ。あなたの心に一万年の人類の思い込みを崩せる力があったから、人間と猫との友好への道が開けたのよ。それはすごい力なの。あなたはすごい力をもっているの」
「そんな……ことは……」
「だからわたし、そんなあなたの子が欲しい」
ぼんっ! と自分の顔から火が出る音が聞こえた。
「おはようにゃ!」
そこへマオが来てくれた!
助かったというか、邪魔されたというか……、複雑な気分だった。
ミオもすぐに後からやって来た。四匹の子猫をぞろぞろと連れて。
マオがメロンを食べはじめながら、俺に聞く。
「ところでみっちゃんとリッカ様は、まだ子猫は作らないのかにゃん?」
その話に戻すなよ! と心の中で突っ込んだ。
リッカがマオに言う。
「今、その話をしてたのよ。ふふ……」
「それはよきことにゃん!」
マオが笑った。
「子猫はいいものにゃ! ……あ、人間だから子人間っていうのかにゃ? なんにしろ、子には未来がいっぱいあるにゃ! それにかわいいにゃ! ボクよりもかわいいなんて、すごいことにゃ!」
それを聞いて、俺の気分は暗くなった。
「でも……」
頭に浮かんだことを、リッカに話した。
「俺たち人間が、子孫なんて繁栄させてもいいんだろうか?」
リッカが俺の顔を覗き込み、表情で「どういうこと?」と聞いてくる。
「俺たち人間は罪深い存在なんじゃないだろうか……。神様の用意した自然を、自分たちの都合で作り変え、破壊して、自分好みにしようとする。猫の町はあの通り自然のままだけど、俺たち人間が平地に町を作ったら、きっととても不自然なしろものを作り出す。だから、神様は罰として人間を殖やさないようにし、食べ物も作れないようにしたんじゃないだろうか?」
「ふふ……」
リッカが笑い、言った。
「そういうこと言うから、わたしはミチタカが好き」
「す……!?」
「その気持ちがあれば大丈夫なの」
リッカは俺から顔を空のほうに向けると、未来をそこに見つめるように、言った。
「罪深いのも人間なら、愛に満ち溢れてるのも人間なのよ。わたしたち人間が、未来を見つめちゃいけないなんてことは、ない。ほら、あの空に、愛に満ち溢れた未来が見えない?」
その空から、何かが飛んでくるのが見えた気がした。
後ろのほうから誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
「冴木隊員! 橘隊員!」
海崎さんだった。駆けて来ながら、大声で俺たちに知らせた。
「理想兵器が発射された! すぐにこの町にやって来るぞ!」




