人間に出遭ったの? ふぅん? いつ? どこで? (マオ視点)
『ヌシぃ〜……』
帰り道をトボトボ歩きながら、ボクは延々とその名を呟いていた。
『ヌシさん〜……』
『いい加減にもう諦めろよ!』
ビキにゃんが厳しい声を出す。
『楽しみだったのはわかるけどよ!』
『会いたかったにゃ〜……』
ボクは涙をこぼすと、聞いた。
『ところでなんで逃げたのにゃ?』
『ハァ!? お前、なんにも気づいてなかったの!?』
『なんにもにゃ』
『人間が出たんだよ! 見てなかったのか!』
『申し訳ないにゃ』
ボクはぺこりと謝った。
『ボク……、何かに夢中になると、他のことなんにも見えなくなるにゃ。
これじゃいかん、これじゃいかん、これじゃまるで小猫だにゃんっていつも思ってるだけど……
治らないにゃ。楽しいことがあったらそっちばっかり見て……
たとえ人間が出ても……
え。
人間?
人間、出たのーーー!!?』
ぷっ、とユキにゃんに優しく笑われた。
『お前、地球の支配者なんだからよ』
ビキにゃんが呆れて言う。
『もうちっと緊張感、もて。そうだな……、ブリキぐらいによ』
『チッ』
ブリキにゃんが舌打ちした。
『てめーに褒められても嬉しくもなんともねェ』
『アァ!? やんのか、ゴルァ!?』
『消されたいのか、ウスノロ』
『まぁまぁ』
ユキにゃんが二匹の中に入ってなだめる。
『何事もなくてよかったよね? 誰も怪我しなかったのが一番だよ』
『ボクは何事かあったにゃ。ヌシさんにお会いできなかった……』
そう言ったらまた涙が出て来た。
『チッ! この日和見ニャンコめ』
ブリキにゃんがユキにゃんに怖い顔をする。
『こっちが何事もなく、あっちに何事かありまくるのが一番だろうが。それが最高に決まってんだろ。
あーあ、ウスノロがもっと速く動いてくれてりゃ、人間二匹のうち一匹ぐらいは地獄送りにしてやれてたのによ』
『んだと!?』
『テメーを地獄送りにしてやろうか!?』
『まぁまぁ』
ユキにゃんが足の裏の肉球から汗を流しながら笑う。
本当にビキにゃんとブリキにゃんは仲が悪いにゃ。ボクはみんな大好きにゃのに。
あ。でもやっぱり。ブリキにゃんのことはボクもよくわかんにゃいから、あんまり好きじゃない。
(=^・^=) (=^・^=)
町に帰るとあっちこっちでみんながお昼寝してる。広場では子猫が7匹、遊んでた。
『おう、そんじゃ、またな』
ブリキにゃんはそう言うと、ヒュンヒュンと飛ぶようにどこかへ行った。すばしっこい猫にゃ。
急にビキにゃんが震え出した。ボクと並んで歩きながら。
『どうしたにゃん? ビキにゃん』
『いや……。人間のこと思い出したら、恐ろしさがぶり返して来てよ……』
どうやらブリキにゃんの側ではやせ我慢してたみたい。
人間なんか怖くなかったってフリしてたみたい。
『あいつら……。本当にバケモノだった』
初めて見た人間の印象を語り出してくれました。
『あ、頭にしか、毛がなかった……。しかもメスのほうはそれが真っ赤だったんだぜ? 血の色みてェによ……』
『そうにゃん?』
イメージできん。
『ボク、全然見てなかった』
『身体に毛がないんだぜ? しかもよ、下半身丸出しじゃねーんだ。あれ、うんちする時、どうすんだ?』
『しないんじゃない?』
そうとしか考えられません。
『バケモノだから、しないんだよ、うんち』
『ヒィッ!』
ビキにゃんが震え上がった。
『うんちしないなんて、やっぱ動物じゃないんだ! バケモノなんだ!』
『それじゃ、ボクはこれで』
ユキにゃんがそう言いながら手を上げた。肉球がかわいい。
ビキにゃんがボクにしがみついて来る。
『おい……。マオ、一緒にいてくれ。恐怖が収まるまで……。いいだろ?』
『あっ』
ボクは前から来る美猫を見つけると、言った。
『マンローちゃんにゃ!』
マンローちゃんはゴージャスな金色の毛を背中にもつ、メスの美猫にゃ。
しなしなっとした柔らかい動きで、お尻を振りながら、ウフフッと笑いながら歩いて来ると、言った。
『あうー』
『えっ!』
ビキにゃんが怯えきってた顔を上げる。
マンローちゃんはまた言った。
『あー、あう、あううー、うあー』
『さ』
ビキにゃんの目が輝いた。
『さかりがついてるんだね!? マンローちゃん!』
『うっふん、あううー、あおうあおーぅ』
『種付けしてあげよう!』
ビキにゃんが手を広げて飛んで行った。
本当にビキにゃんは種付けが好きだ。もう町にはビキにゃんの子猫が31匹いる。
ボクはほっといて先を歩いて行った。後ろでにゃっふん、にゃっふん言う声が聞こえ始めた。
ヌシさんに会えなかった、ヌシさんに会いたい……。心はそのことばかりだった。
また日を改めてヌシさんを釣りに行くにゃ! それ以外のことはどうでもよかった。人間のこととか。
『ン?』
なんか気配を感じて振り向くと、木の陰からメス猫が一匹、ボクのことを見つめてた。
あ……。あいつ、ボクのストーカーにゃ。ストーカーの三毛猫にゃ。
ボクが慌てて走り出すと、木の陰から飛び出して、ストーカーが追いかけて来た。
『待って! 待ってくだやい、マオちゃま!』
そう言われたけど、待つものか。きもちわるい。
『待ってェ! 待つやよォ!』
ヤバい。コイツもさかりついてる。
悪いけどボクはそういうのに興味ないのにゃあ! ボクの子猫はまだ町に一匹もいないのにゃあ!
『待つやよォ〜! マオちゃまァ〜!』
『ひいいいい……!』




