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もしも地球の支配者が猫だったら  作者: しいな ここみ
第三部 人間 vs 人間

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理想兵器を発射せよ (秦野ユイ視点)

 トーキョー本部の人員は多い。


 総勢24名もいる。日本の人口の約1/40だ。

 人間の組織としては、世界的にも最も大きな組織だといえるだろう。


 その24名を総動員しても、毒ガスを製造するまでに5時間を要した。

 大量のタマネギの皮を剥き、気体変換装置の中へ投げ込み、ユラユラと青白く蠢くタマネギガスに換え、ミサイルに充填するまでには7時間かかってしまった。こんなことになると知っていれば、タマネギの皮を剥く機械を発明していたのに。


 松田さんもアズサも、青江総司令官まで手伝って、タマネギの皮を剥いた。


 後から考えれば皮を剥く必要はあったんだろうかとも思えたが、何はともあれ理想兵器は今、ここに完成した。



 今まではただのハリボテであり、猫の町に撃ち込んでもただ爆風を巻き起こすだけのものだったのが、今、地球から猫だけを絶滅させる神の兵器として、完成したのだ。


 発射台に立つその白い勇姿を見あげながら、トーマちゃんがみんなに聞く。


「なぜ、これを理想兵器と名付けたか、知っているか?」


 わたしが即答してみせた。


「人類の理想が形になったものだからよ。猫を地球上から消し去り、地上を人間のものとして取り戻す─そんな人類の理想を、わたしの作ったこのミサイルが現実のものとしてくれるの」


「そうだ」

 トーマちゃんは完成した理想兵器を惚れ惚れするように見上げ、言った。

「では、8時13分に合わせ、理想兵器を猫の町に向かって発射せよ」


「……その時間の数字、なんか意味あるの?」

 今は7時2分だ。今すぐ発射すればいいのに。


 しかも13分とか中途半端な……。きっと「死神の数字だ」とか言いたいのね、この中二病が。


「これは儀式なのだ。まずはみんなで念を送り、攻撃の成功を祈願せねばならん」


「人間の悪いクセね……。さっさとやっちゃえばいいのに、なんだかめんどくさい決まりごとを、いちいちと……」


「世紀の一瞬をこれより迎えるのだぞ? もったいつけたいではないか」


「徹夜して作ったのよ? みんな眠たいのよ? 1時間11分も待ってたら眠っちゃう。……早くしましょ」


「そうだな」

 意外に簡単にトーマちゃんが折れた。

「では秦野。おまえが発射ボタンを押せ」


 自分の目の前の、赤いおおきなボタンを見つめた。


 これを押せば、強化ガラスのむこうに聳えるあのミサイルに点火され、それがあっという間に飛んでいく。


 怖くなった。


 こんな時になって、なぜボタンを押すのが怖いの……?


 あなたは天才マッド・サイエンティスト秦野ユイのはずよ? 猫に対しては血も涙もない、人間に対しても己の欲望のためなら暗殺することも厭わない、生来のシリアル・キラーのはずよ? 何が怖いの?


 そうか……。


 ミチタカちゃんに嫌われるのが、わたしは怖いんだ。


 あの子、猫が大好きだから、猫を絶滅させるわたしのことを、きっと軽蔑する。憎まれてしまうかもしれない。


 そんなことを想像してしまったら、涙がぼろぼろこぼれた。


 今まで誰も、わたしのことを「かわいい」なんて、言ってくれたことはなかった。

 みんな「キモい」とか「怖い」とか「女性らしさがない」とか、そんな言葉しかわたしに対して言わなかった。

 でもミチタカちゃんは、わたしを「かわいい」って、言ってくれた……。


 このボタンを押したら、きっとミチタカちゃんは、わたしを嫌いになる。


 今はあんなに好かれてるのに!


「……どうした? 押せ」

 トーマちゃんが命令する。

「猫を滅ぼす世紀の一瞬だ。ちゃんと動画撮影はする。やれ!」


 わたしは自分を叱咤した。


 そうよ……。わたしはこの日のために生きて来たんじゃない!


 わたしは女を捨て、仕事のために生きて来たの! どうせ松田さんやアズサみたいに容姿にも恵まれてないしね!


 恋よりも仕事をとるのよ!


 わたしは天才マッド・サイエンティスト秦野ユイだ!


 勢いをつけて、赤いボタンを押した。


 ミサイルのお尻に火が点くと、それはあっという間に猫の町をめざし、飛んでいった。




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― 新着の感想 ―
おう、躊躇いが短い!? ミチタカは抑止力になれなかったか。
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