猫本つよし
「逃げられたわ……」
4匹の、逃げて行く猫どもの後ろ姿を見送りながら、マコトさんが舌打ちした。
「ちっちゃいくせに、逃げ足の早い……ッ!」
「すみません。俺の援護射撃が下手なせいで……」
「本ッ当に下手だったわ。お陰で何度か攻撃を喰らいかけた」
マコトさんは俺をけなしてから、
「ちくしょう、猫語翻訳機を使う暇もなかった。
猫語で喋ってやれば、あいつらびっくりして隙が出来てたかもしれないのに……」
「猫語、通じるんですかね」
「あたしの発明を疑わないでくれる?」
ダメ隊員のくせに、と続きの言葉が聞こえた気がした。
「これはね、あたしがこの頭脳と長年のデータ収集によって作り上げたものよ。
役に立たないわけがないわ」
そう言って首からぶら下げたチェーンの先についている小さなたまご型の機械を手に取る。
「何か喋ってみせましょうか?」
「あ、聞きたい。お願いします」
「こんにちは」
マコトさんがスイッチを押してそう言ってからスイッチを離すと、たまごから猫の声が出た。
『イーきにー』
「すごい!」
「反対側のスイッチを押すと、猫の言葉を人間の言葉に翻訳するわ」
「会話が可能ですね! マコトさんは天才だ!」
「会話なんかする気ないわよ。あくまでこれで油断させて、友好的なふりをして、叩くために作ったんだから」
そう言ってマコトさんは猫が走り去った方角を、キッ!と睨んだ。
「ああッ! 悔しいッ! 逃すとは……!」
「俺の掩護射撃の未熟さゆえです。すいません」
「その通りよ! あああッ! ムカつく!」
マコトさんが俺の腹に拳を入れた。
大して力は入れてなかったみたいなのに、吐くかと思った。
この女、本当に……強い。
(=^・^=) (=^・^=) (=^・^=)
NKUヤマナシ支部の建物は……はっきり言ってボロい。
木造とまでは行かず、FRPと鉄筋を組み合わせたものだが、あっちこっちに穴が空いて来ている。
それを直したり予防したりするのも隊員の仕事のうちだ。
俺がマコトさんを案内して帰って来ると、猫本さんが丸い屋根に昇って雨漏りの修繕をしていた。高い所から俺達に手を振ってくれる。
「やあ、お嬢さんを案内して来てくれたかい? ミチタカくん」
「あっ、猫本さん。はい!」
俺も相当隊長からいじめられているが、猫本さんはウチの隊員の中でもズバ抜けて一番に隊長からいじめられている人だ。
理由はその気弱な性格と、何より言うまでもなく、名前に猫がつくからだ。
なんで猫本さんのご先祖は名前に猫をつけたんだろう?
同情すると、いつも猫本さんは(いいよ。僕はご先祖様を悪く言いたくないから)と気弱な目をして言う。
優しい人なんだよな。俺は嫌いじゃない。
「猫本さん、落ちないでくださいよ」
俺は心配して、声を投げた。
「ウチの建物の屋根、丸いんですから。足を滑らせたら危ないですよ」
「とりあえず早く隊長のところ行きましょ」
マコトさんが後ろから俺を急かす。
「早くさっきのことを報告して、早急に解決策を実行に移すのよ」
「解決策?」
「この支部の隊員は鍛え方が足りないわ」
マコトさんの目が燃えている。
「格闘訓練してる? 射撃訓練してる? してても間違いなくヌルいわよね?
ビシバシやるように、進言するわ」
「ビシバシ……」
背筋がなんだかゾッとなった。
「足裏に滑り止めのついたブーツ穿いてるから大丈夫だよぉ〜」
猫本さんがさっきの俺の言葉に応えて、笑顔で手を振った。
「この通り! 手を離しても……」
ずるっ!
猫本さんの足が滑った。
「猫本さんー!」
「うにゃあーーっ!」
情けない声を上げて、猫本さんが滑り落ちる。
建物は結構高さがある。10メートルはある。
その上から、手にしていた工具を放り投げながら、ずんぐりむっくりした猫本さんの小柄な身体が落ちて来る。
「あら……死んだ?」
マコトさんがそう呟いた時だった──
「はっ! よっ!」
猫本さんが気合いを入れて、声を上げた。
「ほーっ!」
くるくるくるくる……
猫本さんがダンゴムシのように身体を丸め、くるくると回りながら、すたん!と、地面に降り立った。
全身をZの字のようにして着地ポーズを決め、猫本さんはドヤ顔とともに、言った。
「忍法、キャット空中七回転!」
「まあ……凄い!」
マコトさんが感動した声を上げる。
「この支部にもこんなデキる人、いたのね」
猫本さんは甲賀忍者の末裔だ。
一族に誇りを持っているから(猫)のつく名前を持ちながらも改名をしない。
その運動神経はウチの支部で一番だ。
36歳の年齢とずんぐりむっくりな体型、気弱な性格で弱そうに見えるが、
俺もユカイも格闘訓練でこの人に勝ったことがない。
「あなた、優秀ね……。見直したわ」
マコトさんがうっとりとした目で猫本さんを見る。
それは恋に落ちた目というよりも、よく出来るワンちゃんを褒め称えるような目だった。
「ほ……、惚れたかい?」
猫本さんが聞く横を、マコトさんは赤い唇を微笑ませながら、
でもどうでもいいように通り過ぎ、無言でハッチを開けると、中に入って行った。




