猫の雨 (秦野ユイ視点)
降ってきた──
どうやら木の上に潜んでいたようだ。
猫の大群が、空から降ってきた!
「「イギャアアアアア!!!」」
わたしとトーマちゃん、二人ともみっともなく絶叫してしまった。
だって想像してみてごらんなさい。
ゴキブリの大群が上から降ってきたら、絶叫してしまうでしょうが?
しかもそれがただのゴキブリではなく、言葉を喋り、人間に生理的嫌悪感を感じさせるほどのかわいさをもっているのだから、その恐ろしさに顔が笑ってしまわずにはいられない。
腕と足をぴーんと伸ばして、指を力いっぱいに開いて、その肉球を見せつけながら、固く結んだ口とそのアゴを見せつけながら、猫たちは決死のダイビングみたいにわたしたちの上に落ちてきた。
もふっ──
もふっ、もふっ──!
もふもふもふもふ!
もふふふふふーーーっ!!!
あぁ……やわらかい。
あったかい。
猫くさい。
思わず猫中毒になってしまいそうになり──
「逃げるぞ! 秦野!」
わたしはトーマちゃんに手首を掴まれて、なんとか気を取り戻し、彼のローラーシューズの力でなんとか命からがら逃げ出した。
ずざざ……
ずざざざざざ……
「ちょっ……! スピード落としてトーマちゃん!」
わたしを引きずりながらローラーシューズで走り続ける彼に声をかけると、ようやくわたしの白衣が地面との摩擦でズタボロになっていることに気づき、トーマちゃんはふつうに歩きだしてくれた。
「……すまん。怪我はないか?」
そう聞いてくれるトーマちゃんがなんだか弱々しく見えた。
よほど猫が恐ろしく、よほど橘リッカの出現がショックだったのだろう。ひひひ……今なら殺れるかも?
でもわたしの消耗も激しかった。猫が怖かったこともあるが、何よりトーマちゃんに引きずられすぎた。咄嗟に赤と青のスパイダー○ンを出して身を守っていなければボロ雑巾のようになっていただろう。
目の前に車が見えてきた。
来る時にみんなで乗ってきた、自動運転車だ。
トーマちゃんが言う。
「あれに乗ってトーキョーへ帰るぞ。…その前に、実験に使う猫を何匹か捕まえられないか?」
「……無理ね」
わたしは周囲を見回し、返事をした。
「なんか猫ちゃんたち、わたしらを警戒してる。あいつが猫どもに何か言ったのかも」
そう──
あいつは……橘リッカはさっき、猫語らしきものを翻訳機なしで喋っていた。
それに命令されたように、空から猫がいっぱい降ってきた。
あの女……、猫を操れるのか?
まさか猫使い?
……おぞましい!
「……まぁ、トーキョーに帰る道すがらでも猫は捕まえられる。帰るぞ」
トーマちゃんは車に乗り込むと、アズサに命令をした。
「中井、これからそっちの方向へ車で向かう。松田を連れて来てくれ。途中で落ち合おう」
アズサからの返事は聞こえないが、あの娘は抜かりない。トーマちゃんの命令をしっかりと聞き、松田さんを連れて動きだしているだろう。
トーマちゃんが行き先を指示すると、車が自動運転で走りだした。
わたしはズタボロにされた自分に治療銃を撃ちながら、聞いた。
「あの女……、橘リッカって、ほんとうにあの橘家の者なの?」
「橘家以外でも橘姓を名乗る者はいる」
トーマちゃんは青ざめた顔をしながら答えた。
「……しかしもし、橘家の娘が生きていて、しかも猫との友好を望んでいるなんてことが世間に知られたら大変なことになってしまうぞ。世論は権力に弱い。人類の総意が一気に友好のほうへ傾くやもしれん……。だからあの女は絶対に潰さねばならん。理想兵器の開発の大きな壁になりかねんからな」
あら……。
それは大変。
猫だけに効果をもたらす毒ガス兵器、『理想兵器』は人類の希望であり、何よりわたしの生きる意味なのよ。
あの女……、絶対に殺す!




