舐めんじゃないわよ (秦野ユイ視点)
「……舐めんじゃないわよ」
わたしは落ち着いて、銃をひとつポケットから取りだすと、虎にむかって銃爪を引いた。
「ガアッ!?」
虎がのけぞった。
当たり前だ。
この天才マッド・サイエンティスト秦野ユイ様の作った武器が、虎なんかに負けるわけがない。
虎はくるくるとその場でしばらく歩き回ると、再びこちらを向き、相変わらずの怒りの表情を浮かべて突進してきた。
なんで!? 象でも失神させる必殺のシビレ・ブラスターなのに!?
次どれにしよう! どの銃だったらあの虎を止められる!?
迷っているうちに虎があっという間に近づいてくる!
あぁ……、しまったな……。
わたしの武器はすべて銃だから、射撃の訓練は死ぬほどした。それしかしてこなかった。
自分の動きのどんくささをカバーできるぐらい、せめて敏捷性も磨く訓練をしていれば、こんなところでこんな虎に食われることもなかっただろうのに……。
そう思いながら走馬灯を頭の上で回していると、橘リッカの叫ぶ声が聞こえた。
「やめて、ママ!」
しかしわたしは、虎に、押さえつけられ、目の前に、おおきな虎の顔を見せつけられながら、その顔がニイッと笑うのを見せつけられながら──あれ? 食われない……。
虎が喋った。
「リッカに感謝しろ」
そしてヨダレをボトボトと顔に垂らされるのを受けながら、わたしは失神──
するかボケ!
わたしはNKUトーキョー本部が誇る天才マッド・サイエンティスト秦野ユイだぞ! 舐めんなし!
虎に前足で押さえられているとはいえ、手は動かせる。
ポケットをまさぐり、手近なところから適当に銃を取りだすと、何万回と練習を重ねた自慢の射撃の腕で──っていうかこんな至近距離から外しようがない。わたしは虎の額へむけて、銃爪を引いた。
赤と青の衣装に身を包んだスパ○ダーマンが飛び出した。
「しまった! 間違えた!」
適当に取り出したのが間違いだった。これ、攻撃用のじゃなくて救出用身代わり人形銃だ!
しかしス○イダーマンは虎を抱きかかえると、その巨体を遠くへ連れて飛んでいってくれた。結果オーライだ。少し遠くで木の上に引っかかるバサバサという音がして、虎はいなくなった。
ひひ……。
引き続き、橘リッカを殺すとしよう。
「わたしを……殺すの?」
橘リッカはわたしとトーマちゃんを交互に睨むように見ながら、うろたえた声を出す。
「わたしさえ消せば……トーマくん、あなたが一番の権力者でいられるから?」
「私は日本で2番目の権力しかない」
トーマちゃんが答えた。
「分家とはいえ、橘家は健在ではあるからな。……しかし、本家に生き残りがいたというのはまずい」
「だから、ここで消しておくのね?」
「悪く思うな」
「それを聞いて安心したわ」
橘リッカがにこっと笑った。
そして何やらへんなことばで周囲にむかって叫んだ。
「マオマオゲー! ミカラ、イーに、ミャオミャオミャオ!」
降ってきた──
空から猫の大群が、降ってきた!




