◆◆◆◆ 5-35 雨の声 ◆◆◆◆
翌日――
緒戦を終え、これより本格的に干戈を交えんとした両軍だったが、思わぬ邪魔が入った。
*干戈を交える……合戦するの意。
朝方からの、突然の驟雨である。
一時は前も見えなくなるほどの勢いであり、さすがに双方とも進軍は中止となった。
【 ドリュウ 】
「ちいっ! 今日こそは、今日こそは先鋒として手柄を立ててみせようと思っていたものを……!」
【 ミナモ 】
「天には勝てませんわ――英気を養って、明日こそ官賊どもを叩きのめしてさしあげますとも! ええ、必ずや!」
【 ゾダイ 】
「晴れ乞いの儀式ならお任せデス! 人を逆さ吊りにして、天に祈るのデース!」
【 ウツセ 】
(いつの間にか妙な人が増えている……!)
一時的なものと思われたこの豪雨だったが、事態は思いがけない成り行きとなった。
雨は明くる日もその翌日も……と延々と降り続き、水量が増えたことで、渡河も困難となってしまったのだ。
南北両軍ともに、大幅な作戦の見直しを余儀なくされた。
北軍に目を向けると――
【 グンム 】
「まあ、ゆっくりやるさ」
想定外の事態にも嶺・グンムは焦る色も見せず、兵を率いて柵を置き、壕をうがち、陣地づくりに精を出した。
このとき、彼は兵卒に混じって雨に打たれながら土嚢を担ぎ、皆を励ました。
【 グンム 】
「さぁさぁ、苦しいのはお互い様だ。生き延びて、勝ち残って、たんまり恩賞をせしめようじゃあないか――」
泥と汗にまみれて笑う総大将の姿に、末端の兵士にいたるまでも心服し、大いに工事がはかどったのはいうまでもない。
その一方で、兵略にも抜かりはなかった。
【 グンム 】
「森羅からの援兵はどうなってる?」
【 シュレイ 】
「だいぶ接近しているようですが、この天候もあって、難渋しているようです」
地図を指し示しながら楽・シュレイが告げる。
【 グンム 】
「なるほど……もともと慣れない土地だけに、か。こうなってくると、別の可能性が見えてきたな」
【 シュレイ 】
「む……森羅軍が西ではなく、北西に向かうと……?」
森羅はこの獅水の地から東方にあり、援軍は当然西へ向けて進軍してくるはずだが、それが北西となると……
【 シュレイ 】
「――森羅軍が帝都を衝く、ということですか」
【 グンム 】
「ふむ、もとより考えないではなかったが……」
翠・ヤクモ本軍との合流が困難となれば、なおさらこの想定は否定できない。
兵法でいうところの、敵と正面から当たらず、隠された弱点を討つべし――という策である。
【 シュレイ 】
「帝都にも数万の兵が残っておりますし、途中に関塞もあります。そもそも、あちらがそのような果敢な手に出るかどうか……?」
【 グンム 】
「とはいえ、帝都を攻めると見せかけるだけでも、脅威ではあるな」
【 シュレイ 】
「されば、軍の一部を割いて森羅軍に当て、足止めさせるというのはいかがでしょうか?」
【 グンム 】
「ほう、森羅の兵はざっと四万とのことだが……足止めだけなら、二万もあればいけるか」
【 シュレイ 】
「しかし、相手は異郷の兵……怪しげな呪術を用いるとのことですし、たやすい戦いではありますまい」
【 グンム 】
「となると、俺が動くわけにはいかんし、グンロウたちじゃあ相性が悪いな。誰か適任がいるかね」
【 シュレイ 】
「誰というより、はばかりながら、私がうけたまわりましょう」
【 グンム 】
「そう言うと思ったよ。〈神鴉兵〉を使うんだろう?」
【 シュレイ 】
「はい、そのための宝刀ですから。それで――」
【 グンム 】
「わかってるさ。アイリも連れていってくれ」
【 シュレイ 】
「……よろしいのですか?」
【 グンム 】
「よろしかぁないが……戦場にいる限り、安全な場所なんてないからな」
というより、彼女にとって安全な場所など、この世のどこにもないのだ……さしあたり、今のところは。
【 グンム 】
「アイリも、シンセ殿がそばにいてくれれば心強いだろうさ。後からちゃんと話しておくよ」
【 シュレイ 】
「お願いいたします」
一礼するシュレイに頷いて見せつつ、
【 グンム 】
(さて、お手並み拝見といこうか――楽老師)
グンムは、探るような眼差しを向けていた……
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