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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
90/421

◆◆◆◆ 5-35 雨の声 ◆◆◆◆

 翌日――

 緒戦を終え、これより本格的に干戈かんかを交えんとした両軍だったが、思わぬ邪魔が入った。

 *干戈を交える……合戦するの意。


 朝方からの、突然の驟雨スコールである。

 一時は前も見えなくなるほどの勢いであり、さすがに双方とも進軍は中止となった。




【 ドリュウ 】

「ちいっ! 今日こそは、今日こそは先鋒として手柄を立ててみせようと思っていたものを……!」


【 ミナモ 】

「天には勝てませんわ――英気を養って、明日こそ官賊どもを叩きのめしてさしあげますとも! ええ、必ずや!」


【 ゾダイ 】

「晴れ乞いの儀式ならお任せデス! 人を逆さ吊りにして、天に祈るのデース!」


【 ウツセ 】

(いつの間にか妙な人が増えている……!)




 一時的なものと思われたこの豪雨だったが、事態は思いがけない成り行きとなった。

 雨は明くる日もその翌日も……と延々と降り続き、水量が増えたことで、渡河も困難となってしまったのだ。

 南北両軍ともに、大幅な作戦の見直しを余儀なくされた。




 北軍に目を向けると――


【 グンム 】

「まあ、ゆっくりやるさ」


 想定外の事態にもレイ・グンムは焦る色も見せず、兵を率いて柵を置き、ほりをうがち、陣地づくりに精を出した。

 このとき、彼は兵卒に混じって雨に打たれながら土嚢どのうを担ぎ、皆を励ました。


【 グンム 】

「さぁさぁ、苦しいのはお互い様だ。生き延びて、勝ち残って、たんまり恩賞をせしめようじゃあないか――」


 泥と汗にまみれて笑う総大将の姿に、末端の兵士にいたるまでも心服し、大いに工事がはかどったのはいうまでもない。




 その一方で、兵略にも抜かりはなかった。


【 グンム 】

森羅しんらからの援兵はどうなってる?」


【 シュレイ 】

「だいぶ接近しているようですが、この天候もあって、難渋しているようです」


 地図を指し示しながらガク・シュレイが告げる。


【 グンム 】

「なるほど……もともと慣れない土地だけに、か。こうなってくると、別の可能性が見えてきたな」


【 シュレイ 】

「む……森羅軍が西ではなく、北西に向かうと……?」


 森羅はこの獅水しすいの地から東方にあり、援軍は当然西へ向けて進軍してくるはずだが、それが北西となると……


【 シュレイ 】

「――森羅軍が帝都を衝く、ということですか」


【 グンム 】

「ふむ、もとより考えないではなかったが……」


 スイ・ヤクモ本軍との合流が困難となれば、なおさらこの想定は否定できない。

 兵法でいうところの、敵と正面から当たらず、隠された弱点を討つべし――という策である。


【 シュレイ 】

「帝都にも数万の兵が残っておりますし、途中に関塞かんさいもあります。そもそも、あちらがそのような果敢な手に出るかどうか……?」


【 グンム 】

「とはいえ、帝都を攻めると見せかけるだけでも、脅威ではあるな」


【 シュレイ 】

「されば、軍の一部を割いて森羅軍に当て、足止めさせるというのはいかがでしょうか?」


【 グンム 】

「ほう、森羅の兵はざっと四万とのことだが……足止めだけなら、二万もあればいけるか」


【 シュレイ 】

「しかし、相手は異郷の兵……怪しげな呪術を用いるとのことですし、たやすい戦いではありますまい」


【 グンム 】

「となると、俺が動くわけにはいかんし、グンロウたちじゃあ相性が悪いな。誰か適任がいるかね」


【 シュレイ 】

「誰というより、はばかりながら、私がうけたまわりましょう」


【 グンム 】

「そう言うと思ったよ。〈神鴉兵しんあへい〉を使うんだろう?」


【 シュレイ 】

「はい、そのための宝刀ですから。それで――」


【 グンム 】

「わかってるさ。アイリも連れていってくれ」


【 シュレイ 】

「……よろしいのですか?」


【 グンム 】

「よろしかぁないが……戦場にいる限り、安全な場所なんてないからな」


 というより、彼女にとって安全な場所など、この世のどこにもないのだ……さしあたり、今のところは。


【 グンム 】

「アイリも、シンセ殿がそばにいてくれれば心強いだろうさ。後からちゃんと話しておくよ」


【 シュレイ 】

「お願いいたします」


 一礼するシュレイに頷いて見せつつ、


【 グンム 】

(さて、お手並み拝見といこうか――ガク老師せんせい


 グンムは、探るような眼差しを向けていた……

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