◆◆◆◆ 1-8 タイシンの三計 ◆◆◆◆
【 レツドウ 】
「――皇叔閣下には、武運がなかったのだ」
酒を煽りつつ、レツドウは慨嘆する。
【 レツドウ 】
「偶然に偶然が重なり……あのような始末となってしまった」
【 タイシン 】
「……まことに、不運なことでございました」
事破れ、あえなく敗走したタクマは、縄目の恥に合うよりは――と、いさぎよく自刃した。
謀叛は大罪であるから、そのまま一族郎党連座となって罰せられるところだったが、ことがことだけに事実は隠蔽され、大事にはならなかった。
以来、権力は皇太后と十二佳仙の手に渡り、ほしいままに政治を壟断している。
*壟断……利を独占するの意。
もとより、まだ若い女帝ヨスガは彼らの傀儡にすぎない。
おかげで、タクマ派だったレツドウも勢威は失ったものの、徹底的な弾圧は受けずにすんでいるわけだが……
【 レツドウ 】
「今に見ているがいい……必ずや、この屈辱は……!」
赦されたからといって、おとなしく反省するようなたぐいの人間ではない。
むしろ、恨みを募らせているばかりなのだった。
【 タイシン 】
(ままならぬものだな、人の心は)
タイシンは内心ではそう思いつつも、
【 タイシン 】
「およそ、永遠のものなどございません。いかんせん、今の朝廷は、世の人々に恨まれておりますし……」
【 レツドウ 】
「……わかっておる。国母さまもあのとおり、妖術師どもをのさばらせているし……陛下も陛下で……」
【 タイシン 】
「あまり良い評判は聞きませんな」
【 レツドウ 】
「……いずれまた、〈五妖の乱〉のごとき大乱が起きるのではないか?」
【 タイシン 】
「それは否定できません。……なにかきっかけがあれば、世は一気に乱れるやもしれず」
【 レツドウ 】
「そうか……」
と、一呼吸おいて。
【 レツドウ 】
「タイシン、もしお前が私なら、どう手を打つ?」
【 タイシン 】
「さぁ、それは……一介の商人ごときに、天下を図る大略などあろうはずもありません」
【 レツドウ 】
「戯れよ。酒席の言葉遊びと思うがいい」
【 タイシン 】
「それならば……」
タイシンは盃を置き、しばし思案する。
【 タイシン 】
「私自身であれば、政界から引退して、のんびり隠居と洒落込みたいところですが……宰相閣下には選べぬ道でしょうね」
【 レツドウ 】
「知れたことだ」
【 タイシン 】
「されば三策あります。まず、軽挙妄動せず、じっと時勢の動きを眺め、状況が変わるのを待つ。しかし、これは下策でしょう」
【 レツドウ 】
「ふむ、次は?」
【 タイシン 】
「みずから帝都を離れて、盤面を動かします。当然危険もともないますが、まず中策というところ」
【 レツドウ 】
「では、上策は?」
【 タイシン 】
「一か八か、今すぐに乾坤一滴の勝負をかけることです。拙速は巧遅に勝る、とか。虚を突けば、大いなる成果を得られましょう――ただし、もっとも困難な道でもあります」
【 レツドウ 】
「むむ……お前ならどれを採る?」
【 タイシン 】
「やはり中策でありましょう。状況が動けば、隙も生まれます。そこに臨機応変に活路を見出せば、勝利を得ることは十分に可能といえます」
【 レツドウ 】
「口で言うのは簡単だが……」
レツドウは渋い顔をする。
【 レツドウ 】
「うかつに帝都を離れようものなら、逆心あり――と、兵を差し向けられて一巻の終わりではないか?」
【 タイシン 】
「もちろん、そうなる公算は高いでしょう。ゆえに、手ぶらで出てはなりません。十分な兵が必要です」
【 レツドウ 】
「だが、その兵をどう工面する?」
【 タイシン 】
「閣下にとっては幸運なことに、ただいま天下には群盗が跳梁跋扈しております」
タイシンはやや皮肉げに。
【 タイシン 】
「賊を平らげるという大義名分があれば、兵権を得ることはさほど難しくはありますまい」
【 レツドウ 】
「ふむ……なるほどな」
宰相は唸り声をこぼし、やがていった。
【 レツドウ 】
「……少し考えてみるとしよう」
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