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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
87/421

◆◆◆◆ 5-32 南岸にて ◆◆◆◆

 一方、河をへだてた南岸においては……


【 飛鷹兵 】

「――っ、……!!」


【 飛鷹兵 】

「っ!! ――っ!!」


 飛鷹の武人たちが火を囲み、酒や肉に舌鼓を打っている。

 飛び交う言葉は飛鷹のものであり、宙人が聞いてもほとんど意味が伝わらないであろう。


【 タイザン 】

「傷の方はいかがです、ドリュウ殿」


【 ドリュウ 】

「ふん、なんのこれしき――かすり傷よ!」


 そう言いつつ、スイ・ドリュウは包帯を巻かれた腕を振り回し、顔をしかめている。


【 タイザン 】

「無理はなさいますな。いくさはこれからなのですから」


 三ツ羽(みつば)のタイザンがたしなめる。


【 ドリュウ 】

「わかっておるわ。小憎こにくらしい宙人ちゅうひとどもを、ことごとく追い返してやらねばな!」


 宙語で話す際はややぎこちないドリュウだが、飛鷹の言葉を用いるなら話は別であった。


【 タイザン 】

「宙の言葉を用いなくては、上達はしませんぞ」


【 ドリュウ 】

「ええい、わかって――わかっておるわ。だいたい、お前が流暢りゅうちょうすぎるのだ……!」


 騎馬の民である飛鷹の民には、大きく分けて二種類いる。

 宙の文化を受け入れる者と、そうでない者だ。

 その点、ドリュウは宙人ふうに氏姓を名乗ってこそいるが、それほど宙に染まっているわけではない。

 片やタイザンは、宙語を自在に話し、読み書きもできるほどだが、外見は飛鷹らしさを維持しており、名を変えてもいない。

 そんな玉石混交ぶりもまた、スイ・ヤクモ陣営の特異さといえるだろう。


【 ドリュウ 】

「先鋒はお前に譲ったが……必ずや、必ずやこのいくさにて、大手柄を立ててみせようぞ!」


【 タイザン 】

「それは私も同じこと……三ツ羽の民のためにも、功名を上げねばなりませんから」


【 ドリュウ 】

「……カイリンのためにも、か?」


【 タイザン 】

「……否定はしません。本来なら、彼女が伯父上の跡を継ぐべきなのですから」


 タイザンの従妹にあたるカイリンは、父を討ったヤクモを恨み、その命をつけ狙っている。

 先日は一度敗れながらも脱走し、今なお潜伏中とか。

 タイザンは実質的な三ツ羽の族長であるが、今なお代理という立場を貫いている。


【 タイザン 】

「あれは愚直ではありますが、愚劣ではありません。いずれ道理を悟り、大王と和解できるでしょう。そのためには、三ツ羽の勢力が衰えていては話になりませんから」


【 ドリュウ 】

「ふん……妙なところで、宙のやり方にかぶれおって。堂々とお前が族長となればいいものを」


【 タイザン 】

「…………」




 そして、スイ・ヤクモの本陣では……


【 ウツセ 】

「…………」


 シン・ウツセが、無数の駒を手に、周辺の地図を睨んでいた。

 と、そこへ、


【 ミナモ 】

「ウツセ殿! 父上はどちらにいらっしゃいやがりますのっ? どこにもお姿が見えないのですがっ!」


 鼓膜に響く怒声を放ったのはスイ・ミナモである。


【 ウツセ 】

「……各隊を回って、激励したいとの仰せです。今頃、将兵と酒を酌み交わすなどしておりましょう」


【 ミナモ 】

「なるほど! お疲れのはずですけれど、将兵をねぎらい、己の楽しみは後回し……さすが父上ですわね! ……ときに、ウツセ殿はいったいなにを?」


【 ウツセ 】

「今日の反省と、明日の備えです。あちらがどう動いてくるか、わかりませんから」


【 ウツセ 】

(そう……今日のごとき不覚はとらぬ)


 ヤクモに従い、数々の戦いを経験してきたウツセだが、十万規模の大軍を相手にしたことはかつてなかった。

 にもかかわらず、ヤクモからは総参謀としての役目を任されているのだ。


【 ウツセ 】

(明日は、必ずや……!)


【 ミナモ 】

「よくわかりませんけれど、そんな不景気なしかめっ面ではろくな名案もでてきやしませんわ! さぁ、一杯付き合いなさいっ、ウツセ殿!」


【 ウツセ 】

「ちょっ、ミナモ殿……!?」


 抵抗するいとまもなく、ウツセはそのまま酒の席へと引っ張り出されたのだった――


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