◆◆◆◆ 5-32 南岸にて ◆◆◆◆
一方、河をへだてた南岸においては……
【 飛鷹兵 】
「――っ、……!!」
【 飛鷹兵 】
「っ!! ――っ!!」
飛鷹の武人たちが火を囲み、酒や肉に舌鼓を打っている。
飛び交う言葉は飛鷹のものであり、宙人が聞いてもほとんど意味が伝わらないであろう。
【 タイザン 】
「傷の方はいかがです、ドリュウ殿」
【 ドリュウ 】
「ふん、なんのこれしき――かすり傷よ!」
そう言いつつ、翠・ドリュウは包帯を巻かれた腕を振り回し、顔をしかめている。
【 タイザン 】
「無理はなさいますな。いくさはこれからなのですから」
三ツ羽のタイザンがたしなめる。
【 ドリュウ 】
「わかっておるわ。小憎らしい宙人どもを、ことごとく追い返してやらねばな!」
宙語で話す際はややぎこちないドリュウだが、飛鷹の言葉を用いるなら話は別であった。
【 タイザン 】
「宙の言葉を用いなくては、上達はしませんぞ」
【 ドリュウ 】
「ええい、わかって――わかっておるわ。だいたい、お前が流暢すぎるのだ……!」
騎馬の民である飛鷹の民には、大きく分けて二種類いる。
宙の文化を受け入れる者と、そうでない者だ。
その点、ドリュウは宙人ふうに氏姓を名乗ってこそいるが、それほど宙に染まっているわけではない。
片やタイザンは、宙語を自在に話し、読み書きもできるほどだが、外見は飛鷹らしさを維持しており、名を変えてもいない。
そんな玉石混交ぶりもまた、翠・ヤクモ陣営の特異さといえるだろう。
【 ドリュウ 】
「先鋒はお前に譲ったが……必ずや、必ずやこのいくさにて、大手柄を立ててみせようぞ!」
【 タイザン 】
「それは私も同じこと……三ツ羽の民のためにも、功名を上げねばなりませんから」
【 ドリュウ 】
「……カイリンのためにも、か?」
【 タイザン 】
「……否定はしません。本来なら、彼女が伯父上の跡を継ぐべきなのですから」
タイザンの従妹にあたるカイリンは、父を討ったヤクモを恨み、その命をつけ狙っている。
先日は一度敗れながらも脱走し、今なお潜伏中とか。
タイザンは実質的な三ツ羽の族長であるが、今なお代理という立場を貫いている。
【 タイザン 】
「あれは愚直ではありますが、愚劣ではありません。いずれ道理を悟り、大王と和解できるでしょう。そのためには、三ツ羽の勢力が衰えていては話になりませんから」
【 ドリュウ 】
「ふん……妙なところで、宙のやり方にかぶれおって。堂々とお前が族長となればいいものを」
【 タイザン 】
「…………」
そして、翠・ヤクモの本陣では……
【 ウツセ 】
「…………」
辰・ウツセが、無数の駒を手に、周辺の地図を睨んでいた。
と、そこへ、
【 ミナモ 】
「ウツセ殿! 父上はどちらにいらっしゃいやがりますのっ? どこにもお姿が見えないのですがっ!」
鼓膜に響く怒声を放ったのは翠・ミナモである。
【 ウツセ 】
「……各隊を回って、激励したいとの仰せです。今頃、将兵と酒を酌み交わすなどしておりましょう」
【 ミナモ 】
「なるほど! お疲れのはずですけれど、将兵をねぎらい、己の楽しみは後回し……さすが父上ですわね! ……ときに、ウツセ殿はいったいなにを?」
【 ウツセ 】
「今日の反省と、明日の備えです。あちらがどう動いてくるか、わかりませんから」
【 ウツセ 】
(そう……今日のごとき不覚はとらぬ)
ヤクモに従い、数々の戦いを経験してきたウツセだが、十万規模の大軍を相手にしたことはかつてなかった。
にもかかわらず、ヤクモからは総参謀としての役目を任されているのだ。
【 ウツセ 】
(明日は、必ずや……!)
【 ミナモ 】
「よくわかりませんけれど、そんな不景気なしかめっ面ではろくな名案もでてきやしませんわ! さぁ、一杯付き合いなさいっ、ウツセ殿!」
【 ウツセ 】
「ちょっ、ミナモ殿……!?」
抵抗するいとまもなく、ウツセはそのまま酒の席へと引っ張り出されたのだった――
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