◆◆◆◆ 5-28 緒戦 ◆◆◆◆
【 ウツセ 】
「鶴翼陣――しかしこれは、まるで生き物のような……!」
数万の宙兵が左右に分かれ、じわじわと河を渡り始める。
だがその動きはあまりにも整然としており、あたかも本物の翼であるかのようだった。
【 ヤクモ 】
「ふむ……グンムめ、もともと用兵の名手ではあったが……これほどとはな」
兵を手足のごとく動かす――とはいうものの、そこには将の器量もさることながら、兵の練度も不可欠である。
【 ヤクモ 】
(主力は実戦経験も乏しく、士気も低い禁軍(近衛兵)のはずだが……大したものよな)
堂々たる敵の進軍ぶりを眺めながら、ヤクモは感嘆した。
【 ヤクモ 】
(まあ、なにか仕掛けがあるのかもしれぬが)
【 ウツセ 】
「将軍、ここは――」
【 ヤクモ 】
「退くべき、と?」
【 ウツセ 】
「……っ、やむなしかと……」
さしものウツセもいささか色を失っている。
【 ヤクモ 】
「まあ、そう焦るな」
ヤクモは悠々と髭をひねり、どこ吹く風という様子で、弟子に道を説く師のごとく、敵陣を指す、
【 ヤクモ 】
「動いているのは、第一陣のみ――せいぜい、二万というところであろう」
【 ヤクモ 】
「ここで迂闊に下がれば、兵が浮き足立つ。総崩れになりかねぬぞ」
【 ウツセ 】
「――はっ、では、いかように……?」
ヤクモの見立てに感服しつつ、ウツセが問う。
【 ヤクモ 】
「ウツセよ」
無数の傷が残る顔に、不敵な微笑みをうかべる老将。
【 ヤクモ 】
「焦るな、といっておろう?」
【 シュレイ 】
「――いっこうに、動きはありませんな」
【 グンム 】
「相変わらず腹が据わっていやがる、あのじいさんは」
櫓の上から敵陣の様子を眺め、グンムは苦笑いした。
【 グンム 】
「せっかく老師に骨を折ってもらったのに、申し訳ないことだ」
【 シュレイ 】
「いえ、たかが小手先技なれば」
シュレイの方術を用いた伝令による、時間的なズレのない整然きわまりない鶴翼陣の展開――
あわよくばこれで敵の意気を挫き、引かせてやろうというグンムの腹だったが、敵もさるもの、まるで乗ってはこなかった。
【 シュレイ 】
「さすがに、宙屈指の名将と呼ばれただけのことはあるようで……」
【 グンム 】
「相手の主力たる飛鷹の騎兵はめっぽう手強いが、いったん守勢に回るとひどく脆い」
【 グンム 】
「さっさと逃げを打ってくれると、いろいろ楽だったんだが……ま、仕方ないさ」
攻めの一手が崩れても気落ちした様子もなく、
【 グンム 】
「先鋒軍に伝令だ。小細工は無用、正面からかかれ――とな」
【 ウツセ 】
「閣下――」
【 ヤクモ 】
「うむ」
宙軍が動き出したのを見て、ヤクモが頷いてみせる。
【 ヤクモ 】
「タイザンに伝えよ。迎え撃て――と」
ブックマーク、ご感想、ご評価いただけると嬉しいです!




