◆◆◆◆ 5-19 従兄妹 ◆◆◆◆
一方、参謀たる楽・シュレイの姿は、本陣からすこし離れた陣にあった。
他の陣地では将兵が振る舞い酒を楽しんでいたが、ここではそんな気配もなく、峻厳とした気配が満ちている。
【 シュレイ 】
「――異状はないようだな」
【 仮面の女 】
「はい、今のところは」
幕舎の中で、シュレイは黒づくめの仮面の女と対峙していた。
【 シュレイ 】
「軍規は行き届いているようだ。まぁ、今日くらいはすこし緩めても構わないのだが」
【 仮面の女 】
「酒を食らって馬鹿騒ぎするだけが、楽しみではありませんから」
【 シュレイ 】
「まぁ、それはそうだ」
シュレイは苦笑した。
【 シュレイ 】
「嶺将軍が感謝していた。従妹殿のおかげで、安心できる――とな」
【 仮面の女 】
「アイリ様は、手のかからない御方です。時おり、取り乱すこともありますが……」
【 シュレイ 】
「私も、シンセには感謝している。お前がいてくれて、とても心強い」
【 シンセ 】
「……身に余るお言葉です、従兄様」
〈楽・シンセ〉は一礼した。
【 シンセ 】
「例の、城取り争い……我らも出陣させていただければ、手並みをお見せできたのですが」
【 シュレイ 】
「確かに、〈神鴉兵〉をもってすればそこらの城市など敵ではなかろうが……この軍は、いわば対・森羅軍の切り札だ。そうそう表に出すわけにはいかん」
【 シンセ 】
「なるほど……出過ぎた物言いでした」
【 シュレイ 】
「いや……神鴉兵を任せられるのはお前の他にはいない。誰よりも頼りにしている」
【 シンセ 】
「私には過ぎた任務ですが……粉骨砕身、務める所存です。従兄様のために」
【 シュレイ 】
「……苦労をかける」
【 シンセ 】
「貴方様のためならば……なにほどのこともございません」
【 シュレイ 】
「…………」
シュレイは、出征以来、人前ではつねに着けている覆面に手をかけて、外した。
【 シンセ 】
「……おやつれになられて」
シンセがシュレイの頬を撫でる。
【 シュレイ 】
「十万の兵を仕切る重責を担えば、そうもなる。だが……」
【 シンセ 】
「…………っ」
シュレイに抱擁され、シンセもまた抱き返した。
それは、従兄妹同士の親愛の情――というには、いささか度がすぎているようであった。
【 シュレイ 】
「……止まるわけにはいかんのだ。ようやく、大願が成就しつつあるのだからな」
【 シンセ 】
「はい……」
【 シュレイ 】
「……その暁には、お前と……」
【 シンセ 】
「……っ、人がまいります」
【 シュレイ 】
「む……」
シュレイはすかさずシンセから離れ、仮面をつけた。
【 従者 】
「楽老師、こちらに――?」
【 シュレイ 】
「どうした、急用か?」
【 従者 】
「は、本陣に来客がございまして」
【 シュレイ 】
「わかった、すぐに戻る」
そう応じ、シュレイは背を向けた。
【 シュレイ 】
「では、よろしく頼む、シンセ」
【 シンセ 】
「はい――従兄様」
シュレイが慌ただしく去ったあと……
【 シンセ 】
「…………」
【 シンセ 】
「貴方様のためなら、私は――」
男の温もりを惜しむかのように、女は我が身を抱いた……
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