◆◆◆◆ 5-13 イズルとハルカナ(後) ◆◆◆◆
かくして煌老師は空飛ぶ舟を呼び出すと、鱗公を連れて、神仙たちが暮らす天の国の入り口へやってきました。
そこには大きな門があり、大勢の兵士が守っていました。
【 兵士たち 】
「仙才もない凡骨が招かれもせずにやってくるとは片腹痛し! さっさと出ていけ!」
兵士たちにそう罵られて、鱗公は髪を逆立て真っ赤になって怒りました。
【 鱗公 】
「ええい、しゃらくさい!」
鱗公は怪力を振るい、兵士たちをちぎっては投げちぎっては投げ、片っぱしから投げ倒していきました。
【 鱗公 】
「なんだ、大したことないべ! おいらひとりでも征服できそうだべ! わっはっはっは!」
と鱗公が呵々(かか)大笑していると、
【 女兵士 】
「――不埒者め! 乱暴狼藉、そこまでと知るがいい!」
ひとりの女兵士がやってきて、徒手空拳で襲いかかってきました。
【 鱗公 】
「なんの、ちょこざいな!」
一息に叩きのめしてやろうとした鱗公でしたが、どっこい、この女の強いこと強いこと!
その拳や蹴りはまるで岩のようで、軽く当たっただけでも骨がきしむほどの痛みが走ります。
こいつはたまらぬと組み合っても、いともたやすく投げ飛ばされてしまうのです。
【 女兵士 】
「どうした、そんなものか、暴れん坊!」
【 鱗公 】
「うぬ、こいつはいかん!」
鱗公は乱暴者ではありつつ、百戦錬磨の名将だったので、かなわないと見るや、意地を張らずにさっさと引き下がりました。
【 鱗公 】
「いやはや面食らったべ! ただの門番があれほど手強いとは!」
【 煌老師 】
「では、もう諦めますか?」
舌を巻く鱗公に、煌老師はそう尋ねました。
【 鱗公 】
「うむ――いやしかし、天の国は無理でも、夜の国なら!」
【 煌老師 】
「そう言うと思っていましたよ」
と、ふたりは〈常夜の森〉にある、〈夜の国〉の入口へやってきました。
そこも、大勢の妖魔の兵が守っていましたが、鱗公は拳を振るって次々となぎ倒してしまいました。
【 鱗公 】
「ふん、相手にならんべ! これなら楽勝ってもんだべさ!」
そう勝ち誇っていると、やはり門番が姿を現しました。
こちらは、なんと愛らしい少女でした。
【 愛らしい少女 】
「ここは夜の国、人の身で入るはあたわず――」
なんて警告してきますが、もちろん鱗公はまるで耳を貸しません。
【 鱗公 】
「なんだこのちびっこめ、軽くひねってくれるべ!」
と、挑みかかりました。
ところが、ひらりひらりと躱されてしまい、おまけにどんどん力が抜けてきて、まるで歯が立ちません。
【 愛らしい少女 】
「おととい、きやがれ――」
と、あえなく森の外へと追い返されてしまったのです。
ここにいたってようやく、鱗公は大いに反省しました。
【 鱗公 】
「いや、これはいかん! 天の国や夜の国に攻め込むなんて、無理な相談だったべ……おいらが間違ってたべ!」
【 煌老師 】
「わかってくれたようですね。では……」
【 鱗公 】
「うむ、陛下に謝るべ!」
こうして鱗公はみやこに戻り、宮城にて神祖さまに己の放言を心から詫びました。
神祖さまは笑って、鱗公にもとの官職や領地をお返しになり、そしてこうおっしゃいました。
【 神祖 】
「――敵を討ち、城を落とすことだけが戦いではない。人の欲を制し、世の乱れを正すこともまた、戦いである。これからも励むがよい――」
【 鱗公 】
「ははーっ!!」
鱗公は大いに反省し、これまで以上に忠勤を尽くすことを誓ったのでした。
さて鱗公が退出したあと、
【 神祖 】
「イズル、大儀でしたね」
と、神祖さまは煌老師をねぎらわれました。
【 煌老師 】
「いえ、これも陛下の思し召しなれば」
というのも、天の国と夜の国にいたふたりの門番というのは、煌老師の盟友たる神仙〈燃拳豪仙〉と〈火煉公主〉。
彼女たちは名の知れた位の高い神仙であり、もとより人間がかなう相手ではなかったのです。
神祖さまの意を受けた煌老師が一芝居打ち、血気盛んな鱗公をたしなめた、というわけでした。
……もしも、神祖さまが全力で攻め込んでいたなら、天の国や夜の国も征服できたかもしれません。
そうしなかったのはなぜでしょう?
それは神祖さまが誰より慈悲深く、世の平穏を願った素晴らしい御方だったからです。
ああ、願わくばこれより先も末永く、神祖さまの尊い御心が我らが大宙帝国に受け継がれていきますように。
どうか永遠に、永遠に!
以上、『鱗公は三界を大いにさわがし、煌老師は智をもて世をおさめる』の段でございます――――
【 ホノカナ 】
「――っていうお話なんだけど……」
読み聞かせ終わったホノカナは、なにやら釈然としない様子だった。
【 ホノカナ 】
「鱗大将軍が道化役って感じで、ちょっとどうかと思うよね……他には、もっと知的な雰囲気のお話もあるんだけども!」
【 アズミ 】
「ふーん、でも、まぁまぁおもしろかったよー? ホノカナは『こうだんし』になるといいかもねー」
【 ホノカナ 】
「そ、そうかな?」
講談師になるかどうかはさておき、褒められて悪い気はしないホノカナだった。
【 アズミ 】
「じゃあ、これ、ごほうびー」
と、アズミは懐からなにやら取り出し、ホノカナに手渡した。
【 ホノカナ 】
「んっ? これって……飴玉かな?」
【 アズミ 】
「そんなかんじー。つかれてどうしようもないときになめると、げんきになるかもねー」
【 ホノカナ 】
「ふうん……?」
なんだかキラキラと輝いていて、食べるのがもったいなくなるような飴玉だった。
【 ホノカナ 】
「――あっ、わたし、そろそろ行かないと……!」
【 アズミ 】
「じゃあ、またねー、ホノカナ」
【 ホノカナ 】
「うん、またね!」
ホノカナは手を振って、小走りに歩き出した。
【 ホノカナ 】
(それにしても、あの子……いったい、誰なんだろう?)
後でミズキあたりに聞いてみよう、と思うホノカナだった。
【 アズミ 】
「~~~~♪」
【 カツミ 】
「おっ、どうしたアズミ? なんだかご機嫌だな!」
【 アズミ 】
「これ、かっこいいでしょー?」
【 カツミ 】
「あん? 花かんむり……つうか、そりゃまるで兜だな。自分で作ったのか?」
【 アズミ 】
「ううん? ホノカナがこしらえてくれたー」
【 カツミ 】
「ホノカナ……ああ、あの小娘かぁ」
【 アズミ 】
「ホノカナ、おもしろいやつー。また、こないかなー?」
【 カツミ 】
「ん? そうだなぁ……来れるんじゃあないか? ただし……」
カツミは、ちらりと皇太后の宮殿に目を向けて。
【 カツミ 】
「このあとの騒ぎで生き残れたら――の話だが、な」
――煌太后、病に臥せり、もはや立てず――
そんな噂が城内に広まったのは、それからほどなくのことだった。
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