◆◆◆◆ 5-2 女王アグラニカ ◆◆◆◆
ウツセたちが案内されたのは、木造りの社。
その奥に、森羅を治める女王の姿があった。
【 女王 】
「お初にお目文字つかまつる――わらわは〈嫋やかなるアグラニカ〉、この地を統べる女王にございまする」
*お目文字……お目にかかる、の意。
女王アグラニカもまた、先ほどのヴァンドーラにも劣らぬ鍛えられた肢体を持ち、総身に鮮やかな刺青を入れていた。
他の戦士たちと異なるのは、その腰まである長く艶やかな髪である。
【 ウツセ 】
「女王のご尊顔を拝し、まことに恐悦至極――」
と、深々と一礼するウツセ。
まだ困惑から抜け出ていないミナモも、慌てて頭を下げる。
【 ウツセ 】
「これなるは我が主、翠閣下からの書状にございます。どうか、お改めのほどを――」
と、ヤクモからの手紙を恭しく差し出す。
従者がこれを手に取り、女王へと手渡した。
【 ミナモ 】
「(――ウツセ殿! これはいったいどういうことですのっ……!)」
女王が書状に目を通している隙に、ミナモが咎めるように囁いた。
【 ウツセ 】
「(どういうこと、とは?)」
【 ミナモ 】
「(この者たちですわ! こんな野卑な輩が、どうしてこんな古めかしい言葉でしゃべりやがりますの? 違和感しかないったらありませんわ!)」
【 ウツセ 】
「…………」
貴方がそれを言いますか……と内心でウツセは思いつつも、
【 ウツセ 】
「(……一説には、宙の古い物語がこの地に伝わっており、その影響でいにしえの言い回しが残っている……とされています)」
【 ミナモ 】
「(なるほど、そういうカラクリでしたの……! しょせんは借り物、わたくしの高貴な言葉とは比較にもなりませんわね!)」
【 ウツセ 】
「…………」
なにやら満足そうなミナモに、ウツセはなにも告げはしなかった。
彼女の上品さと物騒さが入り混じった喋り方は、父に従って幼い頃から戦場を駆けまわってきたゆえのことである。
父・ヤクモは娘のために教師を雇って礼儀作法を学ばせたりもしたが、生来の気性もあってか、今のような調子になっているのだ。
【 ミナモ 】
「(――それはそうと、なにゆえ、みな女ばかりなのですっ? もしや、異族には男女の区別もありませんのっ?)」
【 ウツセ 】
「(道中あれこれ説明したはずですが……そもそも、森羅においては――)」
などとヒソヒソと言葉を交わすうち、
【 アグラニカ 】
「――翠公よりの文、拝見つかまつりました」
女王が手紙を読み終えたのを見て、ウツセは居住まいを正す。
【 ウツセ 】
「戦火は、目と鼻の先に迫っております。貴国のご判断、いかに――」
【 アグラニカ 】
「――我らが、悪辣なる宙の支配より脱するに至ったは、ひとえに翠公のお陰と存じておりまする」
【 アグラニカ 】
「なにより、かの軍の真の狙いがこの地にあるは、火を見るより明らか……なればどうして、助勢せぬ理由がございましょうや」
【 ウツセ 】
「おお、それでは――」
と、ウツセが感謝を述べようとした矢先、
【 ヴァンドーラ 】
「――あいや、待たれよ!」
ふいに声を上げたのは、脇に控えていたヴァンドーラであった。
【 ヴァンドーラ 】
「確かに翠公に恩はござる。されど、遠路はるばる援兵を送るは百害あって一利なしと存ずる――」
【 ヴァンドーラ 】
「なんとなれば、しょせん宙の兵は弱兵にて、たとえいかなる大軍が押し寄せようとも、我らが守り神の加護があれば勝利は疑いなし――」
【 ミナモ 】
「むむむ……身勝手なことをっ! 父上の恩を忘れて自分たちだけ助かればいいとは、なんたる腐った性根っ!」
ミナモは怒髪天を突き、今まさに飛びかからんばかりの勢い。
【 アグラニカ 】
「――双方、お引きなさい。さればヴァンドーラ、いかにすべしと?」
【 ヴァンドーラ 】
「もし仮に、我らが共に戦うに値する武勇のほどを示してくれるならば、肯んじましょう――どだい、無理ではありましょうが」
【 ミナモ 】
「はぁ? 笑止千万、へそで茶が沸きやがるというものですわ! いいでしょう、ならばわたくしの武、破廉恥なド田舎者どもにしかとお見せいたしましょうとも!」
【 ウツセ 】
「……よろしいのですね、陛下?」
【 アグラニカ 】
「これも我らが守り神の導きでありましょう――」
かくして、援軍の可否をめぐり、ミナモとヴァンドーラが相打つこととなったのである。
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