◆◆◆◆ 4-13 宰相と将軍 ◆◆◆◆
【 レツドウ 】
「貴公が力を貸してくれるなら百人力だ。よろしく頼む」
【 グンム 】
「はっ、非才の身ではありますが、国家のため、閣下のために尽力いたしましょう」
【 レツドウ 】
「うむ、頼もしいかぎりである」
烙・レツドウは入京した嶺・グンムを自邸に招き、美酒を振る舞っていた。
【 レツドウ 】
「ときに……嶺将軍」
ほどよく盃を重ねたところで、レツドウが声をひそめた。
【 レツドウ 】
「貴公は、昨今の世をどう思う?」
【 グンム 】
「さぁ、そう申されましても……人里離れた山中に閑居しておりましたので、当世の世情にはとんと疎い次第でございます」
【 レツドウ 】
「ふむ……ならば教えてしんぜるが、今、天下は国母さまとその取り巻きの方士どもが牛耳っておる」
【 グンム 】
「…………」
【 レツドウ 】
「彼等は天下国家のことなど知らぬ存ぜぬで、おのが栄華のためにのみ権勢をほしいままにし、奢侈に耽っておる。嘆かわしいとは思わぬか?」
*奢侈……度を過ぎた贅沢の意。
【 グンム 】
「さて……私はいくさのことしか知らぬ野人なれば、さような雲上のことはなんとも……」
【 レツドウ 】
「……そうか」
レツドウは、しばし黙然としていたが、
【 レツドウ 】
「いや、酔ったせいか、つまらぬことを話したようだ。忘れてもらいたい」
【 グンム 】
「もとより、酒席のことを他言するほど無粋ではございません」
グンムはそう応じつつも、
【 グンム 】
(こいつは、七面倒なことになりそうだな……)
と、早くも不穏な気配を感じ取っていた。
【 シュレイ 】
「――ほう、さっそく匂わせてきましたか」
【 グンム 】
「冗談じゃねぇよ。気が早ぇにもほどがあるぜ」
宿舎に戻ったヤクモは、シュレイと密談していた。
【 シュレイ 】
「このたびの南寇討伐、将軍はどう見ておいでで?」
【 グンム 】
「そりゃ、勝てるかどうかって話か?」
【 シュレイ 】
「もちろん、それも含みますが……ざっくりとした印象は?」
【 グンム 】
「ま、出稼ぎみたいなもんじゃねぇのか。国庫にカネがないもんだから、地方にタカリに行こうって腹だろ」
【 シュレイ 】
「身もフタもない物言いですが……恐らくそんなところでしょう。そうでなければ、皇太后が政敵である宰相に兵権を渡すはずがありません」
【 グンム 】
「しかし、そう言われると話がややこしいな」
と、グンムは顎を撫でながら。
【 グンム 】
「本当にカネや物資が目的なら、自分の息がかかった大臣なりを派遣すりゃあいいんじゃないか?」
【 シュレイ 】
「それは確かにそうです」
【 シュレイ 】
「しかし、ありていにいって、手駒が不足しているのでしょう。それこそ甥っ子殿(煌・レンス)では貫禄が足りませんし、ましてや……」
【 シュレイ 】
「……かの十二賊の輩に大軍を預ける気には、とてもなれないのでしょう」
【 グンム 】
「ふうん……」
シュレイのいう十二賊とは、いわゆる十二佳仙を蔑んで呼ぶ表現である。
ふだん沈着冷静な彼であるが、こと、かの方士集団に対しては嫌悪を隠さない。
よほどの事情があるらしい……と察しつつ、グンムは理由を問いただしたりはしなかった。
【 シュレイ 】
「つまるところ、宰相ほどの存在でなければ、将軍を使いこなせない……という見立てなのでしょう。まさか、皇太后陛下がみずから兵を率いるわけにもいきませんし」
【 グンム 】
「ははぁん……俺も信用されてないってことか?」
【 シュレイ 】
「それはそうでしょう。いくら無欲をうたったところで、帝国の主力軍を預かるとなれば、異心を起こさぬ保証はありません」
【 グンム 】
「そりゃあそうだが……やれやれ、面倒なことになってきたな」
【 シュレイ 】
「面倒なのはそれだけではありますまい。将軍なら、このいくさの勝利条件はお分かりかと思いますが……」
【 グンム 】
「ま、朝廷からすりゃあ、翠将軍を討つ……ってのは表向きで、本音は森羅を直轄領にすることだろうな」
【 シュレイ 】
「ご明察です。では、宰相にとっての勝利条件とは?」
【 グンム 】
「…………」
さすがにグンムは即答せず、視線を泳がせた。
【 グンム 】
「要は、権勢を取り戻すってことだが……」
【 シュレイ 】
「そうですね。では、そのために一番手っ取り早い方法は?」
【 グンム 】
「そりゃあ――コレだろ」
と、首を掻っ切るような身振りをしてみせる。
【 シュレイ 】
「――そう。邪魔者をすべて、排除することです」
【 シュレイ 】
「さぁ、貴方はどうなさいます、嶺将軍?」
【 グンム 】
「――――」
シュレイの爛々(らんらん)とした眼差しに、グンムは狂気じみた気配を感じ取っていた――
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