◆◆◆◆ 4-11 臨戦 ◆◆◆◆
【 ミナモ 】
「父上っ! いったいぜんたい、どういうことですのこれはっ!?」
【 ヤクモ 】
「大声はよせ。手負いがいるのだからな」
幕舎に戻ったヤクモは、娘の金切声に眉をひそめていた。
【 ミナモ 】
「手負いもなにも、父上を襲った刺客なのでしょう!? わたくしがビリビリの八つ裂きにひっちゃむいて、野の獣にバクバクと食らわせてさしあげますわっ!」
【 ヤクモ 】
「……あの娘の具合はどうだ?」
【 ウツセ 】
「は、だいぶ弱ってはおりますが……命に別状はありますまい。もとより頑丈なようで」
【 ヤクモ 】
「そうか」
【 ミナモ 】
「父上っ!? ウツセ殿まで! わたくしを無視しないでくださいませ! なんとか言ってあげてくださいっ、ドリュウ殿!」
【 ドリュウ 】
「むむ……むむむむ……」
いつになく歯切れの悪いドリュウ。
しかし、それも無理はなかった。
【 ウツセ 】
「ドリュウ殿は、あの者と顔見知りでは?」
【 ドリュウ 】
「うむ……うむ。幼い頃より知っておる。カイザンの娘といえば、じゃじゃ馬ぶりで有名であったからな」
【 ミナモ 】
「ドリュウ殿! 同族だからとて、父上を狙った不埒者を許すとでもっ?」
【 ドリュウ 】
「む……む、そうは言わぬ。しかしだな……」
翠・ドリュウは飛鷹の民である。
ふつう飛鷹は宙人のような姓は持たないが、彼はヤクモを慕い、その姓を名乗っているのだ。
【 ウツセ 】
「しかし、邪法とは……飛鷹がそんなわざを用いるとは聞きませんが」
【 ドリュウ 】
「たしかに、たしかに我らにも巫術の徒はいる。しかし、かような邪術などは聞いたことがない」
*巫術……シャーマニズム、巫女が神や精霊と交信して用いる原始的な呪術。
【 ウツセ 】
「とすれば……やはり、朝廷の手の者ですか」
【 ヤクモ 】
「知れたことよ。どうせ、十二賊の輩が裏で糸を引いていよう」
吐き捨てるように口にするヤクモ。
十二賊とは、いわゆる十二佳仙への蔑称にほかならない。
【 ミナモ 】
「むむむ……なんと恥知らずなっ! 今すぐ出陣して、よこしまな方士どもを一寸刻みの根絶やしにしてさしあげます!」
【 ウツセ 】
「……それはさておき」
【 ミナモ 】
「さておかないでいただけます?!」
と、ふいに外から馬のいななきが響いたかと思うと、ヤクモの従者が慌てふためいて幕舎へと駆け込んでくる。
【 従者 】
「だ、大王っ! あの娘が、馬を奪って逃げ出しました!」
【 ウツセ 】
「なんと……まだ半死半生だったはずだが」
【 ミナモ 】
「おのれ、死にぞこないっ! わたくしがこの手でなます斬りに――」
【 ヤクモ 】
「捨て置け」
【 ミナモ 】
「父上っ!?」
【 ヤクモ 】
「どうせ、しばらくは大人しくしていよう。それよりも、今は……」
【 ウツセ 】
「官軍、ですな」
しかり、とうなずいてみせるヤクモ。
【 ウツセ 】
「いかがなさいます、閣下?」
【 ヤクモ 】
「むろん、おめおめと降るつもりはない。喧嘩を売ってくるなら、買うほかはあるまいよ」
【 ミナモ 】
「やはりそうですのね! ええ、先鋒はどうかこのわたくしにお任せくださいませっ!」
三ツ羽の娘のことなどはたちまち忘れ、意気揚々と自薦するミナモ。
【 ドリュウ 】
「おお、おおっ! それでこそ我が翠大王っ! さっそく、他の部族にも号令をかけようぞ!」
ドリュウも興奮を隠さない。
【 ヤクモ 】
「世話をかける。……だが今回は、それだけでは足るまいな」
【 ウツセ 】
「では……」
【 ヤクモ 】
「うむ、森羅にも兵を出してもらわねばなるまいよ」
森羅とは大陸東南部の地域であり、やはり異民族の住まう土地である。
帝国の版図だったが、飛鷹に倣って独立を図り、今ではヤクモと緩やかな同盟関係にあった。
【 ヤクモ 】
「使者を出さねばならぬが――ウツセ、頼まれてくれるな?」
【 ウツセ 】
「は、閣下の命とあらば」
【 ミナモ 】
「異郷への使節ですわねっ? もちろんわたくしも参りましょう! 使者には教養と胆力、なにより人心を掴む魅力が不可欠ですものね!」
【 ヤクモ 】
「……ウツセ、頼まれてくれるか?」
【 ウツセ 】
「は……閣下の、命とあらば……」
【 カイリン 】
「……はぁっ、はぁっ……!」
三ツ羽のカイリンは、ただ一騎、夜の原野を駆けていた。
【 カイリン 】
「くっ……あの老いぼれっ……アタシを、舐めてくれテ……!」
目が覚めてみると、どういうわけか幕舎には見張りもおらず、すぐ近くに愛馬が繋いであった。
【 カイリン 】
「アタシが逃げるハズもない、と甘く見たナ……!? ふざけるナッ!」
屈辱に下唇を噛みながらも、
【 カイリン 】
「負けたのは、あんな妖しいヤツの口車に乗ったせいダ……! アイツに勝つには、やっぱり、腕を磨くしかなイッ!」
再起を誓いながら、女戦士カイリンは闇の中へと消えていったのだった――
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