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【第一部完結】薄明のエンプレス~大宙帝国興亡記~  作者: おおがみ陣矢
第一部 「落華流帝」編
49/421

◆◆◆◆ 4-11 臨戦 ◆◆◆◆

【 ミナモ 】

「父上っ! いったいぜんたい、どういうことですのこれはっ!?」


【 ヤクモ 】

「大声はよせ。手負いがいるのだからな」


 幕舎に戻ったヤクモは、娘の金切声に眉をひそめていた。


【 ミナモ 】

「手負いもなにも、父上を襲った刺客なのでしょう!? わたくしがビリビリの八つ裂きにひっちゃむいて、野の獣にバクバクと食らわせてさしあげますわっ!」


【 ヤクモ 】

「……あの娘の具合はどうだ?」


【 ウツセ 】

「は、だいぶ弱ってはおりますが……命に別状はありますまい。もとより頑丈なようで」


【 ヤクモ 】

「そうか」


【 ミナモ 】

「父上っ!? ウツセ殿まで! わたくしを無視しないでくださいませ! なんとか言ってあげてくださいっ、ドリュウ殿!」


【 ドリュウ 】

「むむ……むむむむ……」


 いつになく歯切れの悪いドリュウ。

 しかし、それも無理はなかった。


【 ウツセ 】

「ドリュウ殿は、あの者と顔見知りでは?」


【 ドリュウ 】

「うむ……うむ。幼い頃より知っておる。カイザンの娘といえば、じゃじゃ馬ぶりで有名であったからな」


【 ミナモ 】

「ドリュウ殿! 同族だからとて、父上を狙った不埒ふらち者を許すとでもっ?」


【 ドリュウ 】

「む……む、そうは言わぬ。しかしだな……」


 スイ・ドリュウは飛鷹ひようの民である。

 ふつう飛鷹は宙人ちゅうひとのような姓は持たないが、彼はヤクモを慕い、その姓を名乗っているのだ。


【 ウツセ 】

「しかし、邪法とは……飛鷹がそんなわざを用いるとは聞きませんが」


【 ドリュウ 】

「たしかに、たしかに我らにも巫術ふじゅつの徒はいる。しかし、かような邪術などは聞いたことがない」

 *巫術……シャーマニズム、巫女が神や精霊と交信して用いる原始的な呪術。


【 ウツセ 】

「とすれば……やはり、朝廷の手の者ですか」


【 ヤクモ 】

「知れたことよ。どうせ、十二賊じゅうにぞくの輩が裏で糸を引いていよう」


 吐き捨てるように口にするヤクモ。

 十二賊とは、いわゆる十二佳仙への蔑称にほかならない。


【 ミナモ 】

「むむむ……なんと恥知らずなっ! 今すぐ出陣して、よこしまな方士どもを一寸刻みの根絶やしにしてさしあげます!」


【 ウツセ 】

「……それはさておき」


【 ミナモ 】

「さておかないでいただけます?!」


 と、ふいに外から馬のいななきが響いたかと思うと、ヤクモの従者が慌てふためいて幕舎へと駆け込んでくる。


【 従者 】

「だ、大王っ! あの娘が、馬を奪って逃げ出しました!」


【 ウツセ 】

「なんと……まだ半死半生だったはずだが」


【 ミナモ 】

「おのれ、死にぞこないっ! わたくしがこの手でなます斬りに――」


【 ヤクモ 】

「捨て置け」


【 ミナモ 】

「父上っ!?」


【 ヤクモ 】

「どうせ、しばらくは大人しくしていよう。それよりも、今は……」


【 ウツセ 】

「官軍、ですな」


 しかり、とうなずいてみせるヤクモ。


【 ウツセ 】

「いかがなさいます、閣下?」


【 ヤクモ 】

「むろん、おめおめと降るつもりはない。喧嘩を売ってくるなら、買うほかはあるまいよ」


【 ミナモ 】

「やはりそうですのね! ええ、先鋒はどうかこのわたくしにお任せくださいませっ!」


 三ツ羽の娘のことなどはたちまち忘れ、意気揚々と自薦するミナモ。


【 ドリュウ 】

「おお、おおっ! それでこそ我がスイ大王っ! さっそく、他の部族にも号令をかけようぞ!」


 ドリュウも興奮を隠さない。


【 ヤクモ 】

「世話をかける。……だが今回は、それだけでは足るまいな」


【 ウツセ 】

「では……」


【 ヤクモ 】

「うむ、森羅しんらにも兵を出してもらわねばなるまいよ」


 森羅とは大陸東南部の地域であり、やはり異民族の住まう土地である。

 帝国の版図だったが、飛鷹に倣って独立を図り、今ではヤクモと緩やかな同盟関係にあった。


【 ヤクモ 】

「使者を出さねばならぬが――ウツセ、頼まれてくれるな?」


【 ウツセ 】

「は、閣下の命とあらば」


【 ミナモ 】

「異郷への使節ですわねっ? もちろんわたくしも参りましょう! 使者には教養と胆力、なにより人心を掴む魅力が不可欠ですものね!」


【 ヤクモ 】

「……ウツセ、頼まれてくれるか?」


【 ウツセ 】

「は……閣下の、命とあらば……」




【 カイリン 】

「……はぁっ、はぁっ……!」


 三ツ羽のカイリンは、ただ一騎、夜の原野を駆けていた。


【 カイリン 】

「くっ……あの老いぼれっ……アタシを、舐めてくれテ……!」


 目が覚めてみると、どういうわけか幕舎には見張りもおらず、すぐ近くに愛馬が繋いであった。


【 カイリン 】

「アタシが逃げるハズもない、と甘く見たナ……!? ふざけるナッ!」


 屈辱に下唇を噛みながらも、


【 カイリン 】

「負けたのは、あんな妖しいヤツの口車に乗ったせいダ……! アイツに勝つには、やっぱり、腕を磨くしかなイッ!」


 再起を誓いながら、女戦士カイリンは闇の中へと消えていったのだった――

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