◆◆◆◆ 4-8 四寇 ◆◆◆◆
宙の朝廷、南征の軍を起こす――との報は、燎原の火のごとく、たちまち全土へと広まった。
*燎原……燃え上がる野原の意。
たとえば、北方では――
【 隻眼の美女 】
「――ふん、官軍のなまくらどもが、あたしすら手こずったあの不死身の爺様を退治だって? ちゃんちゃらおかしいじゃアないか」
【 隻眼の美女 】
「どれだけやれるか、せいぜい、お手並み拝見といこう――」
〈北寇〉こと、峰北の女賊主〈烈・ショウキ〉があざ笑い。
そしてまた、東方にあっては――
【 鱗を持つ男 】
「――これが、天下泰平への一歩となるのか? いや……とうてい、そうは思えぬ」
【 鱗を持つ男 】
「いつになったら世の民草に、俺が願ってやまぬ安寧が訪れるのだ――?」
〈東寇〉すなわち、交龍の大海賊〈雷・ジンマ〉が慨嘆し。
いっぽう、西方に目を向ければ――
【 色白の優男 】
「――へえ、官軍とあの死にぞこないがやり合ってくれるってかァ? アッハハハ! こいつは傑作だぜ!」
【 色白の優男 】
「せいぜい、俺様のために潰し合ってくれよなァ~~!! アハハハハ――」
〈西寇〉たる山北の若き賊王〈進・ヒエン〉が高笑いをあげた。
そして、肝心の南方においては――――
【 うら若い娘 】
「――父上っ! 一大事ですわよ、父上っ!! ドグサレの玉無し官軍どもが、身の程知らずにもわたくしどもに喧嘩を売りに来るとの由っ!」
そう怒鳴りながら翠家の幕営に飛び込んできたのは、弓を背負った妙齢の娘である。
【 落ち着いた男 】
「……ミナモ殿、もう少し言葉を謹んでいただけませんか。閣下もたびたびご注意なさっているでしょう」
苦言とともに女を出迎えたのは、精悍な顔立ちの青年。
翠・ヤクモの副官をつとめる〈辰・ウツセ〉である。
【 ミナモ 】
「まあウツセ殿、そんな些事にこだわっている場合ではありませんわ! わたくし、小賢しい下衆どもを迎え撃って、かたっぱしからぶち射殺してやらねば気がすみませんもの!」
眉を逆立て、端正な顔立ちからは想像もつかないほど物騒な言葉を並べて立てているこの佳人こそ、ヤクモの娘〈翠・ミナモ〉にほかならない。
【 髭もじゃの大男 】
「おお、おお、〈神弓姫〉の言う通りぞっ! この、この〈金髭龍〉が、惰弱な宙人どもを粉みじんにしてくれるわっ!」
女の後についてきた巨漢が、雷鳴のような大声を張り上げる。
こちらは〈翠・ドリュウ〉。
翠と名乗ってはいるが、べつだんヤクモたちと血縁はなく、自称しているだけである。
【 ウツセ 】
「ドリュウ殿まで……そもそも、閣下はここにはおられません。つい先ほど、お一人で遠乗りに出かけられたばかりです」
【 ミナモ 】
「むむっ! もしや父上のこと、ただ一騎で敵を討ちに行ったのではありませんことっ? わたくしたちも追いかけねばっ!」
【 ドリュウ 】
「さようさよう! 大王に万一のことがあってはならぬゆえな!」
【 ウツセ 】
「…………」
ウツセは頭痛をおぼえつつも、
【 ウツセ 】
(……閣下の仰っていた通りだったな)
先日、そろそろ朝廷が手を出してくる頃合いだろう――と、ヤクモが推測していたのを思い出す。
【 ウツセ 】
(ただの小競り合いで済めばいいが……)
だが、ヤクモは別の予測も立てていた。
【 ウツセ 】
(これまでにない大いくさになる――か)
この予見ばかりは外れてほしい……と願いつつも、哀しいかな、ウツセの上司の見る目がすこぶる確かなことは、これまでの経験上、嫌になるほどわかっているのだった。
【 ミナモ 】
「さぁっ、ウツセ殿も参りますわよ! 恥知らずの薄ら外道どもを一匹も残らず討ち取ってみせますわっ!」
【 ドリュウ 】
「くく、くくく、腕が鳴るのう! 大王はいずこぞぉ!」
【 ウツセ 】
「……わかりました」
どうあれ、ヤクモに至急、伝えねばならぬのは事実であった。
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