◆◆◆◆ 4-6 出兵 ◆◆◆◆
翌朝の、朝議にて――
宮城の金鳳殿に、文武百官がずらりと居並んでいる。
そこへ皇帝ヨスガが姿を見せ、玉座につくと、官吏たちが一斉に拝跪した。
【 侍従 】
「なにか申し上げることあらば、言上なさいませ。さもなくば、これにて閉廷といたします――」
と、侍従の声があがるのを待ちわびたように歩み出たのは、
【 レツドウ 】
「臣、烙、ご尊顔を拝し恐懼に堪えません――」
宰相たる烙・レツドウであった。
【 ランハ 】
「あら――ずいぶんと久しいわね、宰相。もう病は癒えたのかしら?」
ヨスガの背後から、御簾越しに皇太后ランハの声が響く。
【 レツドウ 】
「は、両陛下の御稜威をもちまして、このとおり快癒いたしました。このうえは老躯に鞭打って、国家に尽くす所存にございます」
【 ランハ 】
「それはそれは、殊勝なこと……して、なにか朝議に挙げたいことがあるのかしら?」
【 レツドウ 】
「は、昨今、四方には盗賊どもがはびこり、人民を苦しめております。これらの逆賊を討ち、天下を泰平たらしめるのが宰相たる臣の務め……」
【 レツドウ 】
「中でも、南方の賊・翠なにがしとやらは、かつては帝国の禄を食みながら凶賊となった悪の権化……」
【 レツドウ 】
「先年、御慈悲をもって赦免されたにもかかわらず、再三にわたって参朝をうながされても動かず、貢納も怠っているありさまです」
【 レツドウ 】
「なにとぞ、私に天兵をお預けいただき、かの者を討伐させてくださいますよう――」
レツドウの言に、ざわざわ……と、百官が騒然となる。
【 ランハ 】
「そう――人民の苦難を除くというのは、とても結構なことね! でも、さぁ、どうかしら?」
【 シジョウ 】
「おそれながら――」
と進み出たのは、かの十二佳仙、黄龍・シジョウである。
【 シジョウ 】
「宰相閣下は天下を采配するにふさわしい御方ではございますが、いくさで功を立てたという話は聞きません」
【 シジョウ 】
「ここは、別の者に任せるのがよかろうと愚考いたしますが――」
【 レツドウ 】
「――シジョウ、そなたごときの出る幕ではあるまい。下がっておれ」
【 シジョウ 】
「これは失礼を……ただただ、国家のためを思ってのことでございますれば、なにとぞご容赦のほどを」
苦々しい顔のレツドウに叱責され、しずしずと引っ込んでみせる。
【 レツドウ 】
「されば両陛下、なにとぞ――」
【 官吏 】
「――あいや、しばらくしばらく!」
と、続いて歩み出てきたのは、若年の男である。
【 官吏 】
「悪名高き〈南寇〉めの悪事は天下周知の事実! ここは宰相閣下の手をわずらわせるまでもありません。この私めがその大任、お請けいたしましょうとも!」
【 レツドウ 】
「む……」
レツドウは眉をひそめたが、シジョウのときのように咎めはしなかった。
なんとなればその男は、
【 ランハ 】
「レンス――お下がりなさい。お前では役者が足りませんよ」
【 レンス 】
「ですが、叔母上――いえ、国母さま! ひどい話ではありませんか! 病み上がりの宰相閣下を瘴癘の地へ派遣するなどっ……あまりにもっ……!」
*瘴癘の地……熱病などがはびこる危険な土地。
などと、泣き出さんばかりの芝居がかった振る舞いを見せるこの男は、煌・レンス……すなわち皇太后ランハの甥である。
まだ若いが、なにせ国母たる叔母の数少ない身内とあって、立身を重ね、秘書官として百官の列に加わっている。
【 ランハ 】
「それはそうね。でも、宰相は覚悟を決めて言上しているのよ。そうでしょう?」
【 レツドウ 】
「はっ……もとより、戦地にて倒れるもやむなしの覚悟でございますれば」
【 レンス 】
「おお……! なんとお見事なお心がけにございましょうや! この煌・レンス、はなはだ感服いたしましたっ……!」
【 レツドウ 】
「――なるほど確かに、私にはいくさの経験は不足しており、また煌秘書官の言葉通り、老体にして多病であります」
【 レツドウ 】
「それゆえ、お許しいただけるならば、ひとりの武人を招き、副将としたく存じます」
【 ランハ 】
「その武人というのは?」
【 レツドウ 】
「先の征東将軍、嶺・グンムにございます」
おお――と官僚たちがどよめく。
【 ランハ 】
「まぁ、グンムなら安心ね! でも、彼はもう引退したのではなかったかしら?」
【 レツドウ 】
「おっしゃる通りです。しかし、まだまだ年若く壮健な身ゆえ、天下国家のためと口説けば、きっと出馬してまいりましょう」
【 ランハ 】
「なるほど――ね。陛下は、どうお考えでしょうか?」
と、ランハがこれまで一言も言葉を発していないヨスガに問う。
【 ヨスガ 】
「――――国母さまの存念に従いましょう」
淡々とした口調で、それだけを告げる。
【 ランハ 】
「わかりました。ではさっそく、グンムに使いを出しましょう」
【 ランハ 】
「烙宰相を助け、南寇を討つべし――とね」
【 レツドウ 】
「はっ、かたじけなく――」
深々と一礼するレツドウ。
かくしてここに、帝国軍による南征の兵が起こされることが決されたのである。
それは、宙帝国全土を巻き込む大乱の、最初の一歩であった――
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